航空祭や映画などで目にする戦闘機の離陸直後の急上昇。「ハイレート・クライム」や「ハイアングル・テイクオフ」と呼ばれる飛び方にも、実は戦術的な意味が含まれているとアメリカ軍のパイロットが語ってくれました。

似ているようで違う「ハイレート・クライム」と「ハイアングル・テイクオフ」

 戦闘機が離陸するとき、カッコいい機体のフォルムとエンジンから発せられる轟音によって、その姿に目を奪われる人は多いでしょう。しかし、色々な機体を見比べると、離陸の様子に違いがあるのがわかります。


ハイレート・クライムで離陸するため、滑走路上で加速するアメリカ空軍のF-15「イーグル」(布留川 司撮影)。

 戦闘機の離陸方法の中で、その見た目からもっとも有名なのがハイレート・クライム(ズーム・クライムとも)ではないでしょうか。これは離陸滑走で機体が地面から浮かび上がった後も水平飛行を維持して加速(増速)、その速度を利用して今度は一気にロケットの様な急上昇を行う離陸方法です。

 もうひとつ有名なのが「ハイアングル・テイクオフ」。こちらはハイレート・クライムと同様に急角度で上昇していきますが、機体の速度は比較的ゆっくりなのが特徴です。ハイアングル(急角度)という名前の通り、その機体の性能で上昇が続けられる最大角度での離陸となります。

 これら2種類の離陸方法は見た目が派手なことから、各地の航空祭などで航空自衛隊の航空機も飛行展示の際に頻繁に行っており、パイロットではない一般の人々のあいだでも比較的その名称が知られています。

 ただ実際には、カッコよさだけでなく、それぞれに“意味” があるのです。筆者(布留川 司:ルポライター・カメラマン)は、2022年にオーストラリアのダーウィンで行われた多国間共同訓練「ピッチ・ブラック2022」を取材した際、その訓練に参加していたアメリカ空軍のF-15C「イーグル」戦闘機のパイロットに直接、聞きました。

多国間共同訓練で米軍パイロットに直撃

「ピッチ・ブラック2022」には、航空自衛隊をはじめ17か国の空軍が参加しており、ドイツ空軍やフランス空軍、インド空軍などが持ち込んだユーロファイターや「ラファール」、Su-30MKI「フランカー」といった、日本では滅多に見られない戦闘機が一堂に会して訓練を行っていました。

 取材中は、多種多様な戦闘機の離陸を何度も見ていたのですが、アメリカ空軍のF-15C「イーグル」は先ほど説明したハイレート・クライムを多用していたのに対し、インド空軍のSu-30MKIはハイアングル・テイクオフでの離陸が多い印象を受けました。


アフターバーナーを点火して、低空水平飛行で加速するアメリカ空軍のF-15「イーグル」(布留川 司撮影)。

 そういったことを踏まえてアメリカ空軍のF-15パイロットに「離陸の時のあのような上昇(ハイレート・クライム)って何のためにやるのですか? パイロットとしての楽しみ?」とストレートに聞いてみたところ、そのパイロットは笑いながらも軍事的な理由をしっかりと説明してくれました。

「離陸する際にあのような急上昇をする理由は、速やかに地上の脅威がない安全な高度に到達するためです。戦闘機が発進する場所は軍事基地であり、そのエリアの安全はしっかりと確保されています。しかし、離陸して真っすぐ飛ぶと、すぐに安全が確保されていない一般エリアとなります。そこに誰がいるか、何があるかは誰にもわかりません。だからこそ、安全が確保された基地上空の狭い空域から、比較的安全といえる上空へと速やかに移動するために、あのような急上昇で離陸するのです」

 つまり、ハイレート・クライムは基地の敷地外に何かしらの脅威があった場合に備えるためであり、あのような急上昇はそれらに晒される時間を最小限に抑えるための回避手段といえるでしょう。

米軍とは異なるインド軍の急上昇離陸の理由

 また、高度を取ることは攻撃への対処時間を稼ぐだけでなく、エンジン停止などの異常事態が発生した場合、その対策をする時間も確保できることにつながるため、飛行時の安全上の観点からも有効な手段といえます。

 そこで、共同訓練に参加しているインド空軍のSu-30MKIのハイアングル・テイクオフについても聞いてみると、あちらの場合は別の理由があると答えてくれました。


ハイアングル・テイクオフを行うインド空軍のSu-30MKI「フランカー」(布留川 司撮影)。

「インド空軍の場合、基地によっては周りに山が多い場所もあるため、それを避けるためにあのような高度を取るかたちでの離陸になると思いますよ」

 残念ながらインド空軍のパイロットに直接話を聞く機会がなかったため、その真相はわかりませんでした。しかし、演習中にSu-30MKIがハイアングル・テイクオフを行ったときは、その離陸上昇の角度は非常に高かったのを覚えています。滑走路の端で離陸する戦闘機を撮影していたときも、通常の離陸と同じ感覚で斜め前にカメラを構えていると、インド空軍機だけが頭を悠々とあげて離陸していき、結果シャッターチャンスを逃したことがありました。

 とはいえ、取材を通してわかったのは、ハイレート・クライムにしても、ハイアングル・テイクオフにして、その離陸方法を必ず行うというワケではないということです。複数機が編隊で離陸する場合、その中の1機だけが行うということもあり、空港周辺の航空管制や空域の状態で、これらを実施する判断が変わってくるのかもしれません。

 いずれにしても、一般人から見ると派手で楽しめる離陸シーンであっても、なぜそのような方法を採るのかという点については、戦闘機としての軍事的・安全的な視点から考えられた明確な理由がある模様です。