トルコ南部の都市・カフラマンマラシュで倒壊した建物。南部地域は急激に経済発展し、人口が増加している

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トルコ南部の都市・カフラマンマラシュで倒壊した建物。南部地域は急激に経済発展し、人口が増加している

2月6日、トルコ南部を震源とした大地震が発生。懸命な救助・捜索活動が今も続けられている。何度もウクライナとロシアと会談し、仲介して停戦を呼びかけてきたトルコ。そんなトルコにおける大災害がウクライナ情勢に与える影響とは――。

【写真】被災地を訪問するエルドアン大統領

■トルコにはロシアも聞く耳を持つ

2月6日、トルコ南部のシリア国境付近でM7.8とM7.6の大地震が連続して発生し、これまでに両国で4万人以上の死亡が確認されている。同志社大学大学院教授でトルコ現代史に詳しい内藤正典氏は今回の地震を「トルコ共和国建国(1923年)以来、最悪の災害」だと話す。

「トルコはもともと4つのプレートが複雑にひしめき合う地域。そのため地震も多く、1998年には日本とほとんど同レベルの厳しい耐震基準も設けられていたんです。

翌99年に発生したM7.6の大地震の際には、まだ従来の基準の建物が多かったために被害が大きく、死者数は1万7000人を超えました。しかし、今回は新基準を設けてから20年以上が経過している。にもかかわらず、倍以上の死者数を出しているのです」

内藤氏によると、震源地近郊の南部の住宅が耐震基準をクリアしていたのかは疑問だという。

「南部はここ十数年で急速に経済発展してきた地域なんです。トルコの北西にある最大の都市、イスタンブールと比べると物価や教育費も安いため、若年人口が多く、被災地のシャンルウルファの出生率は3.8を超えるほど(全国平均は1.7)。

人口増に合わせて急激に都市化してきたため、基準を満たしていない住宅が造られていた可能性もあったと考えられます。築6年程度の建物も倒壊したという報道もありました。設計者や建設会社、コンクリートなどの建築資材を納入した業者などが手抜き工事の疑いで続々と逮捕されています」

トルコは地質学的には複数のプレートの境界上に位置するが、地政学的にも要衝にある。トルコ北部に広がる黒海の対岸には、西にウクライナ、東にロシアがあり、これまでも両国間の調整役を務めてきたのだ。

「エルドアン大統領はウクライナ戦争の開戦後にもゼレンスキー大統領だけでなくプーチン大統領とも何度も会談し、停戦に向けて働きかけてきました」


5月に大統領選を控えるトルコのエルドアン大統領は震災後すぐに被災地を訪問した。ここ1年は通貨のトルコリラの暴落、それに伴うインフレで批判が多い

プーチンがエルドアンに聞く耳を持つのは、トルコが絶妙な立ち位置を保っているからだという。

「まず、トルコは『ロシアの侵攻は許される行為ではない』と、国連総会でのロシア非難決議に3回とも賛成しています。一方で、『西側諸国の制裁は戦争を膠着(こうちゃく)化させる』と制裁には加担していません。

なぜなら、分断が深まって割を食うのは貧しい人々だとわかっているから。そのため、エルドアンは黒海を通じたウクライナからの穀物輸出もトルコと国連の仲介で実現させました。実際に困っているのは穀物が届かないアフリカの国々です。

1000年にわたってヨーロッパとイスラム世界の間に挟まれていた国ですから、一方の陣営にすり寄らない外交力に優れているんです。一貫した姿勢によって他国からの信頼は厚く、今回の震災後も、戦争状態にあるロシアとウクライナを含む多くの国から援助隊が送られたのです」

■西側諸国に寄った政権が生まれたら

外交において両国の均衡を保つ役割を一手に担ってきたトルコだが、今回の大地震で内政に注力せざるをえなくなった。

「もともと通貨のトルコリラが大幅に下落しており、それに伴うインフレで国内経済が不安定だったため、ここ1年くらいエルドアン政権に対する批判は強まっていました」

そんな中、5月には大統領選挙が控えているという。しかし、内藤氏は「現状ではエルドアンが負けることは考えづらい」と話す。

「99年の大地震は、当時の政権にトドメを刺しました。その後に躍進したのがエルドアンの公正発展党でした。それから20年、エルドアン政権も同じ運命をたどるかと思いきや、有力な野党候補がいないんです。

野党6党が連合を組んだのですが、それがまとまらないまま今回の大震災が発生しました。この震災から復興できる政権となると、やはり実行力のあるエルドアン政権しかないと国民も思っているでしょう」

なんとか逃げ切れそうなエルドアンだが、大きな足かせとなるのが今回の地震による住宅・インフラ再建の復興資金だ。

「被害状況を見るに、復興にはかなりの額のお金がかかるでしょう。しかもエルドアンは被災した全世帯に1万トルコリラ(約7万円)を配ると発表しています。

しかし、IMF(国際通貨基金)は内政に干渉してくるため、エルドアンは二度とIMFに借金をしたくないと考えている。また、外交的に中立の立場を保つことに神経をとがらせているから、西側諸国が差し出してくる"ひも付きの金"はもらいたくない。

そこで、スウェーデンとフィンランドのNATO加盟に反対し続けたトルコを懐柔しようと、アメリカがエルドアンよりもハンドリングしやすそうな野党連合を、ひも付きの金で釣って援助する可能性もある。つまり、エルドアン政権の命運は復興資金をいかに確保するのか、その道筋が示せるかどうかにかかっています」

欧米が野党を応援しエルドアン政権を倒し、欧米寄りの政権が生まれることがあれば、ウクライナ情勢においてトルコが保ってきたバランスが崩れ、よりいっそう停戦が遠のく可能性があるというワケだ。


中国からの救助隊の様子。ほかにもヨーロッパ諸国や日本、そして戦争中のウクライナとロシアからも救助隊が送られた

日本には関係が薄い話に感じるかもしれないが、日本とトルコは100年以上前から友好を育んできた歴史がある。

「もともとトルコが親日国だというのは、大災害などで困ったときに市民が助け合ってきたからなんです。

例えば、1890年にオスマン帝国の軍艦エルトゥールル号が和歌山県串本沖で遭難した事件では、地元住民たちが総出で救助と介抱にあたりました。

また、1985年、イラン・イラク戦争の際には、イランの首都テヘランに取り残された日本人をトルコ航空機が救出しました。東日本大震災のときにもトルコはいち早く緊急援助隊を送ってくれました。

トルコが親日なのは互いに困難なときに人々が助け合ってきたから。国同士の同盟関係なんて関係ない。日本は政治的な野心なしに付き合える相手なんです」

プレートの境界上に位置するなど、共通点も多い日本とトルコ。トルコが困っているなら今度は日本が返す番だ。

取材/川喜田 研 写真/時事通信社 トルコ大統領府報道局