歯の白さや歯並びだけでなく、歯や歯茎の健康にも気をかけたいものです(写真:manoimage/PIXTA)

白さや歯並びなど、“歯の見た目”に対する意識が高まりつつある昨今。同じくらい“歯の健康”への意識が高ければいいのだが、なかなかそうもいかないようだ。ある20代の女性は、長い期間をかけた歯科矯正が終わり、歯並びがきれいになった。しかし、矯正後に歯茎が腫れ、別の歯科医院を受診したところ、重度の歯周病を患っていることがわかった。

サイレントキラーの別名をもつ歯周病の怖さとは――。歯周病に詳しい二階堂歯科医院院長で歯科医師の二階堂雅彦さんに話を聞いた。

2018年の「第2回 永久歯の抜歯原因調査」(8020推進財団)によると、歯を失う原因の1位は歯周病(37.1%)、2位はむし歯(29.2%)で、歯周病がむし歯を上回った。

歯周病は重度になるまで痛みなどの自覚症状が乏しく、気付くことが難しい病気です。また、全身疾患の引き金になるリスクとしても近年、問題視されています」(二階堂さん)

2022年6月、政府は国民に毎年の歯科健診を受けてもらう「国民皆歯科健診」の導入を目指すことを明らかにした。その背景には、歯周病が動脈硬化や糖尿病、認知症などさまざまな病気に関連していると考えられ、健康な歯が残っている人ほど全身疾患が少ないとのデータが出てきていることがある。歯の健康を保つことでこうした病気を予防し、医療費の削減を見込む。

歯周病とはどのような病気なのか

ところで、歯周病とはどのような病気なのか。おさらいしておこう。

歯周病とは、歯と歯茎(歯肉)のすきま(歯周ポケット)から侵入した細菌によって、歯肉に炎症が起こり、歯を支える骨(歯槽骨)が溶ける病気だ。主な症状は腫れや出血、歯のぐらつきなどで、きつい口臭などを伴うこともある。先延ばしにせず、気になる点があったら歯科医院で診てもらうことが大事だ。

「最近は、コロナ禍のマスク生活で口臭への意識は強くなっていますが、それが“歯周病かもしれない”という危機感にはなかなかつながりづらいのが現状です。しかも、歯周病は体調によって、症状が軽くなることもあるので、来院を先送りしてしまう人も少なくありません」(二階堂さん)

昨今は歯に対する意識が高くなったことで、ホワイトニングや歯科矯正に力をいれる人たちが増えている。一方で、「歯周病に対する問題意識はあまり高くない」と、二階堂さんは憂える。

冒頭で紹介した女性がまさにそうで、矯正後に受診した先が二階堂さんの歯科クリニックだった。こうしたケースだけでなく、歯科矯正を受けようと思って歯科クリニックを受診したら、歯周病が判明したという人もいるそうだ。

歯周病は中高齢者の病気だから自分には関係ない――。そう思っていたとしたら、それはまったくの間違いだ。

厚生労働省の報告によると、20代で歯肉に炎症がみられる人の割合は、以前よりは減少しているものの、約2割にのぼる。つまり5人に1人が歯茎に問題が生じていることになる(2018年)。40代だとなんと5割弱にもなる(2016年)。

さらに近年、遺伝や体質的に歯周病になりやすい人がいることもわかってきている。二階堂さんが紹介するのは、1970年から15年間にわたって行われたスリランカでの調査だ(スリランカ・スタディ)。

これはスリランカの住人約500人の口腔状態を15年間にわたって追跡調査したもの。当時、この地域は歯磨きの習慣がなく、歯科医もいなかった。そういう状態で歯周病がどう進行したかをみていった。

その結果、ほとんどの人が歯周病になったものの、あまり進行しなかった人が11%、普通に進行していた人が81%だった。一方で、8%は歯周病が急速に進行し、40代で歯がほとんどない人もいた。

歯周病になりやすい遺伝、体質についてはさらに詳しい研究が待たれますが、このデータによって歯周病のなりやすさは個人差があることが示されました」(二階堂さん)

いずれにせよ、自分がどういう体質を持っているかを知るためにも、定期的に歯科健診を受けたほうがいい。先の調査では、20代で過去1年間に歯科健診を受診した人は、2015年が43.3%。2009年が29.4%、2012年が37.7%なので、年々増加しているのだが、それでもまだ半分程度だ。

重度歯周病には手術が必要なことも

歯周病の進行度は歯周ポケットの溝の深さで確認できる。プローブと呼ばれる細い器械を歯間に挿入して、どこまで入ったかで進行度をチェックする。2〜3mmが軽度、4〜5mmだと中等度、6mm以上だと重度とされている。また、このとき歯茎から出血したかどうかも大事な指標となる。

歯周病の対応には以下の3つの段階にわかれる。

・ブラッシング指導
・スケーリング(歯石の除去)、ルートプレーニング
・外科手術による再生療法(必要に応じて)
・メンテナンス

ブラッシング指導は、歯科衛生士が患者に歯磨きのやり方を教えること。しっかり磨いたつもりでいても、意外と磨けていないことが多く、細菌の固まりであるプラーク(歯垢)が残っていることが多い。鏡を見ながら実際に歯ブラシを使っていくことで、自分の歯磨きの弱点(磨けていない場所など)を発見することができる。

ただ、重度歯周病の原因となる歯周病菌の多くは、空気があるところでは棲息できない嫌気性菌で、歯周ポケットの深い部分に存在するため、歯ブラシでは届きにくい。歯磨きだけではプラークは十分に取りきれず、それだけで歯の健康を維持することは難しい。

そこで行われるのが、スケーリングやルートプレーニングだ。

プラークは時間が経つと石灰化して歯石となる。そこで歯の根元に付着した硬い歯石を、スケーラーという器具を使って削り取っていく。その後、ざらついた歯の表面をルートプレーニングでなめらかにする。これによって歯の表面と歯茎との密着性が高まる。

3つめの段階の歯周再生療法は、歯周ポケットが6〜7mm以上の重度の歯周病の人を対象とする最先端治療だ。

まず、歯茎をメスで切ってめくりあげ、細菌を除去した後に歯周組織の再生を促すタンパクや人工骨などを注入する。手術は局所麻酔が必要で1時間半におよぶうえ、最低でも半年間のフォローアップが必要となる。「歯周再生療法はどこでもできる治療ではなく、最良の結果を望む際には保険適用外になることもあります」と二階堂さんは言う。

歯周病治療は、軽度であればブラッシングや定期健診時のスケーリングだけですむ。患者の負担を考えたら悪くなる前に診てもらい、いい歯や歯茎を維持することが何より大事だ。

歯周病は単に口の中の問題ではない。冒頭でも触れたが、歯周病は全身疾患との関係が指摘されているからだ。

これまでに関連が報告されているものとしては、糖尿病や脳梗塞、心疾患、慢性腎臓病、呼吸器疾患、骨粗鬆症、関節リウマチ、がん、認知症、早産・低体重児出産など。とくに糖尿病と歯周病は、お互いに悪影響をおよぼし合っていると考えられており、脳梗塞では歯周病の人はそうでない人の2.8倍なりやすいことがわかっている。

いい歯科医の選び方とは?

歯周病を治療し、歯の健康を保つことは、全身の健康にとっても重要であるということだ。

最後にいい歯医者選びについて、二階堂さんに聞いた。

実は、歯医者に行けば何でも診てもらえるとは限らない。というのも、歯科にも専門があり、むし歯の治療を専門にする人(歯を残す治療、抜く治療でも分かれる)や矯正を専門とする人、歯周病治療を専門とする人などにわかれているためだ。

一般の歯科クリニックでは、当然ながら「全部診てくれる」が、もともとの専門性が治療方針に影響してくることも少なくない。

では、歯周病を診てもらう場合はどうしたらいいか。


この連載の一覧はこちら

「日本歯周病学会のホームページに専門医の一覧が載っていますので、参考になると思います。歯周病治療には高い専門性が必要になりますが、最近では近くの歯科クリニックでも専門を取っているケースが増えているので、適切な治療を受けられると思います」(二階堂さん)

歯並びも歯の白さも気になるが、それは“歯があればこそ”の話。まずはいつまでも自分の歯を残せるよう、歯と歯茎の健康にも注意していきたい。

(取材・文/佐々木由)


二階堂歯科医院院長
二階堂雅彦歯科医師

1981年、東京歯科大学卒。同歯科麻酔学教室、タフツ大学歯学部(アメリカ・ボストン)歯周病学大学院留学、東京歯科大学水道橋病院臨床教授などを経て現職。1997年からアメリカ歯周治療専門医、2003年からアメリカ歯周病学ボード認定医、日本臨床歯周病学会指導医。所属学会はアメリカ歯周病学会、アメリカインプラント学会、日本歯周病学会、日本歯科麻酔学会。著書に『日本人はこうして歯を失っていく 専門医が教える歯周病の怖さと正しい治し方』など。

(東洋経済オンライン医療取材チーム : 記者・ライター)