なぜ、あのころのように勉強できなくなってしまったのでしょうか(画像: Fast&Slow/PIXTA)

昨今「リスキリング」が話題だ。しかし博報堂生活総合研究所の調査によると、「いくつになっても、学んでいきたいものがある」人の割合は1998年の53%から2022年には35%に低下し、過去最低を記録したという。

なぜ日本の大人は「学ばない」のか。

『自分のスキルをアップデートし続ける リスキリング』の著書があるジャパン・リスキリング・イニシアチブ 代表理事の後藤宗明氏と、2浪・偏差値35から東京大学に入り、著書『「学ぶ力」と「地頭力」がいっきに身につく 東大独学』を上梓した西岡壱誠氏が対談した。その前編をお届けする。

1:「職がなくなる」という危機感があるか

後藤:西岡さんの書かれた『東大独学』、読ませていただきました。学生だけでなく、むしろビジネスパーソンこそ読んで、リスキリングに活かしてほしいと感じました。


西岡:ありがとうございます。僕もそういうつもりで書いたので、とても嬉しいです。

でも、日本人は大学受験まではとてもよく勉強するけれど、大人になるととたんに勉強しなくなると聞きます。リスキリングはまだまだあまり浸透していない印象を受けます。

後藤:そもそも、欧米でリスキリングが注目されたのには、AIやロボティクスによってなくなる仕事から、新しい成長産業の仕事に就けるようにするという大前提、つまり労働移動があります。

日本では、まだ自分たちの仕事がなくなっていくという実感を持つ機会がありません。しかしシンガポール、アメリカ、スウェーデン、デンマークなどでは、行政サービスも含めて自動化されています。

そして、デジタル化の進行とともに技術的失業が起きてしまった。ですから、「学びたい」「学びたくない」という余地はないというのが本当のところです。

西岡:日本人は、時代が変わっていく感覚を持てないでいるんですね。

10代の子と話していても、「いまある仕事が10年後に残っているか」という視点で見ている子はとても少ないと感じます。本当は、自動運転やAIでなくなる仕事も多いのに、そういう目線でなく「親がこの職業に就いているから」といった理由で一生の職業を選ぼうとしていることが多いです。

でも、変化の時代なのですから、「学ばない」は選択肢にはなりえないと思うんです。

:そうですね。しかし、「学びたくない」という心理的なハードルがあり、まず入り口に立てない人が多いことが課題です。「やりたい」という内発的動機を持てるかどうかが、リスキリングを継続できるかどうかの差を生んでいます。内発的動機があれば、仕事が忙しくてもなんとか時間は捻出できるものですから。

2:「学び」に対する成功体験があるか

後藤:僕は「学びに対する成功体験を持てているかどうか」に、この原因があると見ています。


僕は、1浪を経て早稲田に入りました。高校時代はサッカーしかしていなかったので、高校3年生の夏の全国模試は、偏差値22。そこから「早稲田に行く」と決めて、自分で計画的な勉強法を考え、3教科で偏差値70まで上げていきました。

ここで、生まれて初めて、「自分で正しいステップを踏めば結果が出せる。やればできるんだ」と感覚的に理解できたのです。

その後、ニューヨークで、やりたいことの見つからない若者たちのキャリア支援をしました。彼らを見ていて、伸びるか伸びないかは、受験での成功体験の度合いが大きく影響していると感じました。

そして、学びにおける成功体験の有無は、大人になっても大きな影響を与えています

「学ぶことが楽しい」という体験をできていない社会人に話を聞いてみると、「自分は馬鹿だから」「もう50歳になったから、新しいことなんて覚えられない」という方がほとんどですね。

西岡:僕は、受験に失敗した子が多く通う高校で勉強法を教えていますが、彼ら彼女らに「この問題について、〇か×か挙手してください」と質問しても、誰もどちらにも手を上げないんです。

西岡:なぜ手を上げないのか聞くと、「だって、間違ってたら嫌じゃないですか」。失敗することに対するハードルがすごく高いわけです。

これは「自分は馬鹿だから」と言う人にも通じています。その気持ち、実は僕もそうでしたから、よくわかるんです。予防線を張っているんですよ。自分のことを「馬鹿だ」と言っておけば、たとえ間違えても、「あいつ馬鹿じゃないか」と言われてプライドが傷つくことはないわけです。

後藤:なるほど。

西岡:でも、エジソンは、自身の失敗に対して「失敗したのではない。うまくいかない方法を見つけることに成功したのだ」と言っています。

僕は、高校生たちに、よくイチローの話もします。イチローは、メジャーの打席に10回立って3回しか成功していない。でも、3割で「スゴイ」と言われるんだぞ、と。

3:日本人にはびこる根深い正解至上主義

後藤:日本人にはびこる正解至上主義は、すごく根深いですね。それが日本のイノベーションの阻害になっているとも言われています。


後藤 宗明(ごとう むねあき)/一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブ代表理事。SkyHive Technologies 日本代表。2021年、日本初のリスキリングに特化した非営利団体、ジャパン・リスキリング・イニシアチブを設立。2022年、AIを利用してスキル可視化を行うリスキリングプラットフォームSkyHive Technologiesの日本代表に就任。石川県加賀市「デジタルカレッジKAGA」理事、広島県「リスキリング推進検討協議会/分科会」委員、経済産業省「スキル標準化調査委員会」委員、リクルートワークス研究所客員研究員を歴任。政府、自治体向けの政策提言および企業向けのリスキリング導入支援を行う。著書に『自分のスキルをアップデートし続ける「リスキリング 」』(撮影:尾形文繁)

「失敗していい」という文化ができれば、みんなが新しい学びにチャレンジするポジティブなフェーズに入れると思います。しかし、心理的安全性の確保をやっても、失敗しないように教育されてきた大人が、急に「失敗してもいいよ」と言われるのですから、難しいんですよね。

西岡:そもそも、今後デジタルの世界になっていくわけで、そこに「正解」ってあるのでしょうか? 僕は、「正解」なんてものはない気がしているんです。

後藤:おっしゃるとおりです。僕は今、AIのベンチャー企業の経営もしているのですが、日本企業は「他の会社でこのAIを使ってうまくいっているかどうか」を知りたがります。

失敗したくないので、自社がどう取り組んでいくかを考えるのではなく、他社での成功事例をマネしたくなるわけですね。これでは、構造的にナンバーワンにはなれません。

西岡:多くの人は、1カ所にダメな部分があれば、すべてダメだと思いがちです。例えば、「この問題が解けなかった」という結果だけで見てしまいます。


西岡 壱誠(にしおか いっせい)/現役東大生・ドラゴン桜2編集担当。1996年生まれ。偏差値35から東大を目指すも、現役・一浪と、2年連続で不合格。崖っぷちの状況で開発した「独学法」で偏差値70、東大模試で全国4位になり、東大合格を果たす。そのノウハウを全国の学生や学校の教師たちに伝えるため、2020年に株式会社カルペ・ディエムを設立。全国の高校で高校生に思考法・勉強法を教えているほか、教師には指導法のコンサルティングを行っている。著書『東大読書』『東大作文』『東大思考』『東大独学』(いずれも東洋経済新報社)はシリーズ累計40万部のベストセラーになった(撮影:尾形文繁)

でも、頭のいい人の考え方はそうではなくて、スパイダーウェブ的だなと思います。「ここはうまくいったけど、最後でうまくいかなかった。5分の4は成功で、5分の1が失敗だ」と、蜘蛛の巣のように一部分がダメになってもへっちゃらな思考ができる。要するに、ミスを分解する能力があるわけですね。

細かく物事を見ていくことができるかできないか。そして、それを肯定的に捉えられるかどうかがカギだと感じます。

後藤:まったくそのとおりですね。

4:並走者を見つけられるか

西岡:リスキリングにおいては、コーチングも大事かなと思いますが、いかがでしょうか。

後藤:アメリカでは、同じ方向で新しいスキルを見つけたい方々が、一緒に学ぶコミュニティ・ベースド・ラーニング(CBL)や、オンラインでの独学と、箱型研修を組み合わせたブレンディッド・ラーニングなど、リスキリングのプロセスで折れないための手法があります。

一方、日本は、オンラインで孤独に学ぶものがリスキリングだと捉えられてしまっていて、オンライン講座も修了率は数パーセントです。

その結果、「私はやっぱり勉強が続かない」と自らを責めることになってしまう。並走してくれるコーチのような方がいるのは、大事なことだと思いますね。

西岡:『東大独学』にも書きましたが、いまの高校生たちはさまざまなスマホアプリを使ってつながり、お互いの勉強を共有したり、励まし合っています。リスキリングでも、そういうつながりができるといいですね。

後藤:それはとても、有効な勉強法だと思います。

(後編に続く。構成:泉美木蘭)

(後藤 宗明 : 一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブ代表理事。SkyHive Technologies 日本代表)
(西岡 壱誠 : 現役東大生・ドラゴン桜2編集担当)