J2で現在(10月17日)18位のヴァンフォーレ甲府が、J1で現在3位のサンフレッチェ広島を延長PKの末に下した天皇杯決勝。順位に33位分の開きがある両軍が決勝を争う構図に、なによりサッカーらしさを覚える。他の競技には見られない事例であるはずだ。そのうえ延長PKの末とはいえ、勝利は弱者の頭上に輝いた。世紀の番狂わせと言えば、1996年アトランタ五輪のブラジル対日本を想起する。日本が1-0で勝利した試合だが、ブラジルの当時のFIFAランキングが1位だとすれば、日本は33位ぐらいになるはずで、階層的な関係は今回の天皇杯と似ている。

 開幕を1ヶ月後に控えたカタールW杯では、ブラジルと日本は1位対23位タイの関係にある(英国ウィリアムヒル社の予想オッズによれば)ので、甲府の優勝は、日本のW杯優勝より事件性が高いと言えるのかもしれない。

 だが、W杯に全精力を傾けないチームはないが、天皇杯はそうではない。国内ナンバーワンのイベントではない。1番はJリーグだ。Jリーグ、天皇杯、ルヴァン杯を国内3大タイトルと総称するが、現実はJリーグを100とすれば、天皇杯、ルヴァン杯は20程度だ。タイトルの重さには大きな差がある。かつて、ナビスコ杯(現ルヴァン杯)にベストメンバーを送らなかったチームに対し、Jリーグの時のお偉いサンが怒ったことがあったが、いまでは日本国内でも常識として浸透している。

 おのずと上位と下位との差は接近する。33位分の差は通常より絶対値が狭まる。点が入りにくい。結果に運が作用する割合は3割--というサッカー独得の要素に、リーグ戦よりハプニングが起きやすい一発勝負のカップ戦の妙も輪を掛ける。甲府の優勝はそうした特殊要素がフルに稼働した結果だと言える。

 甲府は予算規模の小さなクラブながら、通算8シーズンJ1に在籍した過去がある。だが、2018年にJ1で16位となり降格して以来、5シーズン連続、昇格を逃している。9位、5位、4位、5位と、それでも過去4シーズンは、来季はJ1を狙えそうな成績を残してきた。それが今季は現在まで18位だ。このまま終わればクラブ史上最悪の成績となる。J3転落の可能性は消えたが、監督のみならず、クラブの上層部は辞任を迫られても不思議ではない大事件と言えるだろう。

 天皇杯で優勝したが、リーグ戦はクラブワーストのJ2リーグ18位。このアンバランスをどう解釈すべきだろうか。それはそれ、これはこれと割り切って大喜びするファンもいるだろうが、100%賛同しないファンも一定数いるだろう。大番狂わせという大きなニュースの陰で、見落とされがちな事象になる。

 吉田達磨監督は試合後、テレビのインタビューに滑舌よく応じていた。しかし、来季の続投はあるのだろうか。危うい問題であることは間違いない。(編集部注:10月18日、甲府が来季契約更新しないことを発表)

 中継していたのはNHK総合だった。延長戦、PK合戦、さらにはこの試合後のヒーローインタビューまで、その一部始終をフルにカーバーした。それだけではない。その後、放送はBS1へ移り、特設スタジオに招かれた甲府の選手たちが、そのひな壇に座り、エピソードなどを語る優勝祝賀番組が始まった。放送は延べ4時間程度まで及んだのではないか。

 天皇杯の概要に目を通せば、NHKは共同通信とともに大会の共催者に名を連ねている。完全中継は、当然といえば当然かもしれないが、Jリーグと比較するとバランス的に疑問を抱く。筆者の見解では、天皇杯のステイタスはその2割程度だ。だとすれば、Jリーグの中継にはもっと力が注がれなければならない。NHKは主にBS1で週に1試合程度、中継しているが、Jリーグをそれなりに追いかけようとすれば、軸足はDAZNに傾く。偏りはプロ野球より激しい。