2022年9月、セルビアで記者会見を行うエルドアン大統領(写真・2022 Bloomberg Finance LP)

先日、私はトルコを訪問した。長年トルコをこの眼で見てみたいと考えていた。かつてユーゴスラビアに住んでいた時代、イスタンブール発パリ行きの列車に何度も乗ったのだが、まだそのイスタンブールには行ったことがなかった。

トルコは、アジアとヨーロッパの結節点、東西冷戦におけるソ連封じ込めの砦、オスマントルコという巨大な国家によってロシア東欧地域を支配していたかつての大帝国の末裔、そして今も、トルコは西側と東側の真ん中に立ち、つねにその間を取り持っているのだ。

だから、トルコは西側にとっても東側にとっても、つねに重要な国であった。イスタンブールを貫くボスポラス海峡、そしてアルマラ海、ダーダネルス海峡、エーゲ海は、ロシアを含む東ヨーロッパと地中海を結ぶ唯一の航路であり、そこを支配するイスタンブール、すなわちビザンツ、コンスタンチノープルは、いつの時代もヨーロッパにとってもっとも重要な都市であった。

上海協力機構に出席したトルコ

2022年9月16日、中央アジアのウズベキスタンのサマルカンドで重要な会議が開催された。その会議は2001年に創設された上海協力機構(SCO)の会議で、参加した国はロシアと中国、インド、パキスタンなどの中央アジアの諸国、つまり西側陣営ではない国々の集まりであった。その中にトルコだけが西側、NATO(北大西洋条約機構)の一員として参加していた。

これはとても奇妙な光景でもあった。トルコは最近ロシアやイラン、中国に頻繁に接触している。当然西側と対立している国に接近すれば、アメリカやEUという西側諸国のバッシングが強まるのは当然だ。

トルコはNATO発足直後からの古い加盟国である。1951年に参加が認められ、1952年からNATOの一員になっている。そもそもトルコは、ソ連東欧に接する国としてきわめて重要な国であった。18世紀から衰退しはじめたオスマントルコはフランスなどの力を借り、西欧化に舵を切った。北方に位置するロシアの南下に対し、クリミア戦争を通じてイギリス、フランスに協力し、ロシアの南下を食い止めたが、露土戦争(1877〜1878年)で痛い目に遭っている。

やがて第1次世界大戦でドイツ側につき敗戦し、その後オスマン帝国軍の将軍だったムスタファ・ケマル・アタルチュルク(1881〜1938年)によって1923年10月29日、崩壊したオスマントルコに代わって現在のトルコ共和国が生まれる。

トルコ共和国は、ケマル主義として共和主義、民族主義、人民主義、国家資本主義、世俗主義、革新主義という6つの柱をかかげ、徹底した西欧化を推し進めた。一貫していたのはロシアであるソ連との敵対関係であり、つねにロシアそしてソ連に対して敵対的であった。そのため第2次世界大戦の参戦には消極的で中立を保ったが、1945年に戦局が連合国軍側に有利になるとロシアとともに連合国軍につくことになる。

しかし、ソ連が東欧地域に影響力を強めるなか、トルコの位置はギリシア同様微妙なものとなる。ユーゴスラビアとアルバニアが共産化し、ギリシヤと戦争が始まった。そのため、ギリシヤを共産化させないというイギリスとアメリカの連携が、イギリス首相のチャーチルによる有名なフルトン演説、すなわち「鉄のカーテン」の演説を導き出し、そのためトルコとギリシヤは共産化を食い止める西側の重要な役割を担った。

こうしてトルコは、西側であるギリシアとの領土問題やクルド人との問題を持ちながらも、西側寄りの姿勢をとり、その結果がNATOへの参加となってソ連に対する防波堤の役割を果たす。

債務を負うことで西側に従属した

戦後トルコは軍事政権にさいなまれながらも、西側の国としての位置を築いていく。しかし、ソ連東欧の崩壊とともに、トルコの防波堤としての役割が小さくなる。もはやトルコは西欧にとって、ソ連東欧に対する防波堤ではなくなったのだ。それが結果的に、トルコのEUとの関係に現れる。東欧諸国がどんどんEUに入っていく中で、トルコはいまだに加盟できず、孤立していくのだ。

とはいえ、トルコは経済的には西側との関係は切れなかった。しかしその関係は、つねに西側に対して債務を負うことで、たびたび経済がデフォルトを起こすという西側の第三諸国に見られる典型的従属関係であった。

その意味では、トルコは同じようにデフォルトを起こすギリシアと並んで、ある意味ヨーロッパの外にある。むしろ中南米諸国に近い位置にいるといってもいい。今現在もインフレに悩んでいる。2022年8月から9月だけでも、トルコ・リラは80%のインフレを起こしている。その原因は、現在のエルドアン体制によるインフラ投資にある。

イスタンブールはヨーロッパ側にその中心があるが、ここは今でも1500万以上の人口をもつヨーロッパ最大の都市だ。しかし、だれもここをヨーロッパだというものはいない。それはモスクワをそう思わないのと同じだ。ヨーロッパでありながら、その外にあると思われているのだ。トルコの不満は、ここにある。

21世紀に入って、エルドアンの公正発展党はこれまで軍事介入によって翻弄され続けたトルコをある意味民政に変え、遅れていたトルコ経済を立て直し、世界中から資金を集め、鉄道、空港、住宅などの大規模投資を行ってきた。そのため、トルコ・リラは世界の資本投機の対象となってきた。

2018年にできたイスタンブールの北、黒海に臨む位置にある新国際空港は世界最大の空港の1つだ、アメリカのシカゴやダラスの空港よりも大きいといわれ、いまだ建設中で完成は10年後ということである。これほどの規模の空港をつくる力があるのかどうは疑問だとしても、エセンボーア国際空港も含めあちこちでインフラ投資が行われ、高層ビルもあちこちで建設され、一種のバブルが演出されている。

しかし、こうした海外借款による大規模プロジェクトは、ある意味危険な賭けでもある。19世紀からメキシコやギリシヤなどの諸国は、欧米とりわけ英仏米から借りた金が累積し、つねにデフォルトの要因がつくりだされた。それが政情不安と、欧米への従属化を生み出してきた。帝政ロシアでさえ、その構造の中で破綻し、ソ連政権が生まれている。ソ連は当然ながら海外からの債務返済を拒否したが、1991年のソ連崩壊以後、かつての借金を返さざるをえなくなっている。

EUの東欧や南欧への拡大は、あり余った資本をそれらの地域に貸し付けることで経済発展を創出し、短期的な繁栄をもたらしてきた。そもそも、戦後アメリカによって生まれたドル基軸体制、すなわちIMF(国際通貨基金)体制はまさにドルによる世界支配と結びついていた。

マーシャルプランによるドルの支援は、その国を発展させると同時に、その国をドル支配の中に完全に組み込むことを意図していた。ドルがなければ何もできないというのは、まさにそういうことだ。戦後、アジアやアフリカの国々も独立していくのだが、ドル支配から脱却できず、つねに西欧に対して債務を抱え、西欧による経済支配、そして政治支配を受け続けねばならない状態が続いている。

東側へ接近、トルコの方向転換?

トルコが、サマルカンドの非西側諸国の会議に出席し(オブザーバーだとしても)、これらの国に接近したことは、ドル体制の中心国アメリカの怒りをすぐさま買った、トルコの銀行に対して、ロシアの銀行決済システム「ミール」の使用を禁止するよう命令が下された。続ければ、ドル体制から追放されることになる。またロシアからの武器の輸入に対しても、厳しい処置が取らされるだろう。

トルコが東側に接近するということは、アメリカが西側の領地を失うだけでなく、地中海とアフリカを失うことを意味している。巨大な力として拡大しつつある中国とロシアを中心とする新しい動きに対し、アメリカは西側を守るために必死の制裁を行うだろう。

しかし、エルドアンはあえて2つの世界を両天秤にかけながら、東西対立をうまく利用していくという、したたかさをもつ人物でもある。オスマントルコの歴史から見て、ロシアと懇ろになることはないだろうし、また気位からいって彼らからすれば新興国のアメリカなどを信頼することもないだろう。

トルコは、かつてのユーゴスラビアのチトーや、インドのネルーのように、中国、ロシア、アメリカといった超大国を手玉にとりながら駆け引きをし続けるであろう。ウクライナ戦争の平和交渉においても、またウクライナの小麦輸出においても、エルドアンは調停役としてかつてのオスマントルコが担っていた大国の役割を果たしている。また、東西対立においても、一方で西側、他方で東側と、ある意味八方美人的外交を繰り返している。

2022年9月の国連総会で、各国の政府代表の演説が行われたが、今回の代表演説の特徴は、米ロが対立する東西陣営のなじり合いよりも、アフリカなどの第三諸国の代表の演説にあった。特徴的だったのは、第三諸国の代表がこれまでの西欧による支配、ドル体制や軍事介入に対して極めて批判的であったことだ。

期待されるトルコの外交努力

エルドアンもそれをすぐさま察知し、こうしたアフリカなどの貧しい地域を代表するという立場をとっていた。それと同時に、新たな対立を深める東西対立の交渉人としての立場も明確にしていた。インフレと債務負担で苦しむトルコだが、東西対立の挾間にいて重要な役割をもつ大国であることも忘れてはいけない。

エルドアンは必要とあれば、世界中あちこちに交渉に行く。今世界を見渡しても、最もフットワークが軽い大統領ともいえる。かつてのギリシヤ・ローマ、そしてビザンツ、オスマントルコといったつねに世界をリードしてきた国の末裔トルコの動きを、東西対立の狭間で自らの利益だけをかすめ取る軽業師の動きだと考えることはできない。

2000年以上にわたる世界の雄としてのトルコの外交努力には期待したいものだ。エルドアンには、インドのモディ首相と同様、世界が最悪の第3次世界大戦に進まないよう、米中ロの対立を緩和する重要な役割を担ってほしい。

(的場 昭弘 : 哲学者、経済学者、神奈川大学経済学部教授)