2022年8月22日から正式運行が始まった「のらざあ」(写真:茅野市)

AIオンデマンド交通「のらざあ」の正式運行が、長野県茅野(ちの)市で始まった。

この地域では、「〇〇しよう」という表現に対して「〇〇ざあ」という方言がある。「のらざあ」とは、「乗ってみよう」を意味する。

運行エリアは、これまで路線バスが走っていた市内中心部とその周辺部で、停留所は実物の停留所のほかに専用アプリ上の仮想停留所があり、合計約8000カ所を設けている。


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「のらざあ」の利用者は、スマートフォンにダウンロードした専用アプリや電話によって、利用希望日の1週間前から利用の1時間前までに予約を行う。

予約の状況を、Via Mobility Japanが開発した専用システムが解析して、利用者それぞれの利便性と運行事業者の対応を上手くバランスさせる形での配車を行う仕組みだ。

運行時間は、年末年始の除き、土日祝日を含めて毎日、午前8時から午後7時。運行事業者は、アルピコタクシー、第一交通、諏訪交通、茅野バス観光の4社による共同体で、車両は定員7人のトヨタ「ノア」1台、定員10人のトヨタ「ハイエースワゴン」5台、そして定員14人の「ハイエースコミューター」2台の合計8台を使う。

料金は距離3キロ未満が300円、3キロ以上5キロ未満が500円、そして5キロ以上が700円となる。子どもはそれぞれ半額だ。支払い方法は、アプリを介したクレジットカード、または現金も受け付ける。


「ハイエースコミューター」「ハイエースワゴン」「ノア」の3車種が稼働する(写真:茅野市)

「のらざあ」導入で13路線を廃止

「のらざあ」導入によって、定時定路線(一部は定時オンデマンド型)の路線バスのうち、市街地循環バス、御狩野線、豊平・泉野線、西茅野・安国寺線など全体の約半数となる13路線を廃止した。

これら13路線に対する補助金は5193万円だったが、「のらざあ」導入に当たっての車両購入や、先に行った社会実証を受けての配車システムの改修費などでかかった費用は、総額5636万1000円。13路線の補助金と概ね同程度を維持した形だ。

八ヶ岳周辺の観光客の移動手段として運行されている白樺湖線、蓼科高原ラウンドバス、北八ヶ岳ロープウェイ線、メルヘン街道バスなどの路線と、隣接する原村への移動手段である穴山・原村線は、これまで通り運行する。また、JR茅野駅を中心に通学や通勤を主な目的とする路線バス5路線は、ニーズが高いためそのまま維持することになった。

「のらざあ」のような、一般的に「AIオンデマンド交通」と呼ばれるAI(人工知能)を活用した高度な配車サービスは、全国各地で実用化が始まっており、例えば長野県内では塩尻市の「のるーと」や茨城県高萩市の「のるる」などがある。

そうした中で茅野市の試みは、従来の路線バス路線の半数以上を一気にAIオンデマンド交通に転換するというかなり大胆なものだ。その背景について、茅野市企画部DX推進室に詳しく聞いた。話は今から24年前の1998年まで遡るという。


蓼科や八ヶ岳方面など、観光客の利用が多い路線は維持。JR茅野駅にて(筆者撮影)

当時の矢崎和広市長が、市民とともに汗をかいて行政政策を考える「パートナーシップのまちづくり」を提唱した。最初は福祉分野から、地域住民や事業者が集まって話し合いを始める。当時、中心的な役割を担ったのは30代から40代の人たちだ。

その後、市長が柳原千代一氏、さらに現在の今井敦氏に代わっても、官民連携の基本方針は変わらず、地域住民が社会変化に対する当事者意識を持つ社会基盤が築かれていった。

そして、1990年代後半に30〜40代で茅野市の未来を議論した中心的な世代が、2010年代後半には50〜60代に。自らの肌身で地域社会の高齢化を感じ、町から若者が減っていることを実感するなど、町の未来に対する危機感を共有するようになっていた。

移動手段という視点で見ると、茅野市は自家用車での移動比率が高く、路線バスの乗客数は全体としては減少傾向が続き、市の財政的な負担が増加。さらに、高齢者の免許返納や、自分の仕事中にも親の通院や介護のために送迎しなくてはならないなど、移動に関するさまざまな課題が浮彫りになってきていた。

5つの具体的な目標値

こうした各種課題の解決策を含めて、茅野市は2020年4月に「若者に選ばれるまち」をコンセプトとした第2次茅野市地域創生総合戦略を打ち出している。基本目標を5つ掲げ、それぞれで2024年に達成を目指す数値目標を以下のように設定した。

(1)知りたい、訪れたいまちをつくる:市内観光地延利用者数336万7000人


(2)通いたい、帰りたいまちをつくる:将来、茅野市に住みたいと思う15歳から18歳の割合:60%


(3)移り住みたい、住み続けたいまちをつくる:社会増減(転入者数−転出者数)510人(5年累計)


(4)安心して出産・子育てができるまちをつくる:合計特殊出生率1.7


(5)安心・安全、快適なまちをつくる:茅野市の行政サービス全般に対して不満を感じている人の割合0%

これら5つの基本目標を連動させることで、生産年齢人口(15〜64歳)の比率を55.8%とする目標を掲げる。

こうした施策の中で、JR茅野市周辺を「コンパクトシティゾーン(仮)」、その周辺を「茅野市住宅地ゾーン(仮)」、さらに八ヶ岳を望む別荘地やリゾート施設が多い地域を「リゾートアクティビティゾーン(仮)」と位置付け、「暮らしやすい未来都市・茅野」の実現を目指す施策の1つとして、新しい地域交通に着手したのだ。

そして、新地域公共交通検討会議などで議論を進め、AIオンデンマンド交通と通学・通勤での利用者を対象としたハブ&スポーク型の地域公共交通体系への転換を図っていく方向性が示された。

AIオンデマンド交通事業者は、各種事業を検討した結果、2018年から日本で社会実証を始めたアメリカのベンチャー企業、Via Mobility Japanのシステムを採用している。

「デジタル田園健康特区」としての試み

他方、茅野市では、内閣府が進める「スーパーシティ構想」への参画によって、茅野市第2次地域創生総合戦略の実現を目指すという動きもある。スーパーシティ構想とは、「住民が参画し、住民目線で、2030年頃に実現される未来社会を先行実現すること」と定義されている。

2021年4月には、茅野市を含む全国31の地方公共団体から内閣府にスーパーシティの提案があり、同年10月にはそのうち28の地方公共団体から規制改革などにかんする再提案があった。

茅野市スーパーシティ構想の応募内容を見ると、「人の健康」「社会インフラの健康」「データの管理・運用の健康(健全化)」という3つの健康によって、地域のアイデンティティを守り輝かせるとしている。「のらざあ」は、「社会インフラの健康」の一部となる考え方だという認識だろう。

また、リゾートテレワークの促進のために、JR茅野駅隣接ビル内に「ワークラボ八ヶ岳」、また別荘地域では「ワークラボ蓼科高原」「ワークラボ三井の森」といったワークスポットを各所で展開している。


「ワークラボ八ヶ岳」の館内(写真:茅野市)

そのほか、地域包括ケアを支える担い手不足や、区・自治会加入者や消防団員の減少といった住民自治への対応策として、全国に先駆けて「保健補導員制度」を設けた。

今後はデータを包括的に利活用することで、「限りあるマンパワーの健全化と社会インフラや産業の強靭化の両立を目指す」としている。

2022年3月10日の第53回国家戦略特別区域諮問会議では、「スーパーシティ型国家戦略特区」として茨城県つくば市と大阪(府・市)が選定。また「デジタル田園健康特区」として岡山県吉備中央町、石川県加賀市、そして茅野市が選定された。

「デジタル田園健康特区」では、3自治体が連携し、在宅医療における看護師の役割や救急医療における救命救急士の役割拡大、AIやチャット機能を活用した遠隔服薬指導を行うとしている。また、移動・物流サービスとして、ボランティアドライバーによる通院送迎や、タクシー等を使った医薬品等の配送を予定される。

具体的な取り組みは、2022年中を目途に国の基本方針が最終的に固まってから動き出す見込みだ。

最後に、私見を述べたい。近年、企業のみならず、地方公共団体を含めた「町のDX(デジタルトランスフォーメーション)」に注目が集まっており、都内等で開催されるDX関連イベントを取材すると、イベントの出展者と来場者がかなり多いことに驚く。

筆者はさまざまな会議体に参加して交通のDXについて議論をしており、そうした議論の密度を高めるためにも、今回の茅野市をはじめ全国各地の事例の現場を筆者自らの意思で巡っているが、そうした中で「町のDXとは、時代変化の中で生じた生活の不便さを出来る限り少なくすること」だと実感している。


今回、取材で訪れた「ワークラボ蓼科高原」(筆者撮影)

交通の場合は、DXやデジタル化といっても、高度な自動運転や空飛ぶクルマ、電動キックボードなど、新しい法規制や車両規定をともなう新種の乗り物の導入を前提とした町の施策を進めるべきではない、とも思う。交通は、あくまでも円滑な社会活動を継続的に行うための手段の1つに過ぎないからだ。

そのうえで、町の施策の初期構想段階から社会実装まで、「技術優先」ではなく「人中心の暮らし優先」の視点を地域に関わる人たちが共通認識として持ち続けることが大事であると思う。

2025年「データプラットフォーム」社会実装へ

結果的に地方部では、それまでの生活習慣や自然環境を維持しながら「表向きの地域の姿はこれまでとは大きく変わらない」、または「できるだけ、いまあるものを応用する」という流れになることが多い。それを実現できるのが、「DXの良さ」なのだと思う。

また、交通は社会全体の血液のような存在であり、生活に関わる主な領域を結びつける役割がある。その観点では、デジタル庁が2022年6月7日に公開した「デジタル社会の実現に向けた重点計画」の中で、「準公共分野」という考え方を示している。

具体的には、「防災」「健康・医療・介護」「教育」「こども」「インフラ」「港湾(港湾物流分野)」「農林水産業・食関連産業」、そして「モビリティ」の8つの領域を指す。

さらに、これらがスマートシティ(またはスーパーシティ)、取引(受発注・請求・決算)を介して相互に連携するという考え方だ。国は、こうした準公共分野の各種データを包括管理するため、データプラットフォームを2025年までに社会実装することを目指している。

茅野市で見たような、地域住民が当事者意識を持った“新しい町づくり”に対するさまざまな試みが、国が進める「準公共分野のデータプラットフォーム実現」に向けた道を切り開いていくことを、大いに期待したい。

(桃田 健史 : ジャーナリスト)