企業の経営層は、過去にどんな苦労を重ね、失敗を繰り返してきたのだろうか。また、過去の経験は、現在の仕事にどのように活かされているのだろう。そこで本シリーズでは、様々な企業の経営層に直接インタビューを敢行。経営の哲学や考え方についても迫っていく。

第15回は、株式会社Bfull(びーふる)新規事業推進室 室長の一柳 貴紀(いちやなぎ たかのり)氏に話を聞いた。



経歴、現職に至った経緯

「22歳のとき、通信関連のベンチャー企業に入社しました。営業の基礎を身につけながら、多くの新規事業の立ち上げを経験しました」と話し始めた一柳氏。

“30万円以下の外車専門店”や、“高級マグロの量り売り屋”など、ユニークな事業を立ち上げ、成果を上げた。“高級マグロの量り売り屋”は当時利用者が増加していたオークションサイトで販売し、日本初の試みでもあったという。

その後、営業代行会社でマネージャーなどを務め、42歳で現在のBfullへ転職。新規事業推進室の室長として事業構築全般を担っている。転職理由について、こう語ってくれた。

「Bfullへの転職を決意したのはベンチャー気質に溢れた社風であり、常に革新性ある事業に取り組んでいたからです。“ゼロをイチにする”仕事にやりがいを感じるタイプでしたので、一定の裁量を与えられながら新しいことに次から次へ挑戦できる環境に魅力を感じました。

もともと営業職として入社しましたが、今では技術職のメンバーも巻き込みながら事業全体のまとめ役を買って出ています」

株式会社Bfullについて

続いて、会社概要について伺った。

「私たちBfullは、3Dプリンタを活用したモノづくり企業です。2010年にデジタル技術でモノづくりをする会社として創業し、現在では国内でもトップレベルの3Dプリンタを活用した製造技術を保有する企業に成長しました。最新の業務用3Dプリンタによる量産体制も整備しています」と一柳氏。

主にフィギュアの企画・製造・販売を行っており、3Dプリンタで作り上げる部品点数は年間120万パーツにも上る。

「新規事業推進室の立ち上げとともに、営業の私のほか、複数名の工業系エンジニアが加入しました。2020年にはフィギュアで培った製造技術と量産体制を活かし、3Dプリンタの受託製造サービスを開始。2021年からはオリジナル3Dプリンタの販売をスタートしました。3Dプリンタにおいて日本有数のヘビーユーザーである当社が、新たに3Dプリンタメーカーとして歩み始めました」

自身も積極的に挑戦し、チャレンジ精神に満ちた一柳氏。その姿勢はBfullの社風とも重なる。

「当社で言う新規事業とは『自分たちがやったことのないこと』も含まれますが、『世の中の誰もやっていないこと』がテーマの軸となっています」

Bfullは“CG技術と3Dプリンター技術で世界を変えるチームとなる”を企業ポリシーに掲げる。生産スピードを高めるための全く新しいインフラづくりに挑戦し、「完全国内生産」と「小ロット多品目生産」に向けての挑戦を続けている。

多額の設備投資による失敗

失敗談について伺うと、こう話してくれた。

「これは私個人ではなくBfullという企業としての話しですが、当社は創業以来13年間、3Dプリンタの未来を信じ愚直に向き合ってきました。今でこそ3Dプリンタは高性能で扱いやすい機種が増えてきましたが、以前はそうではありませんでした。極端な言い方に聞こえるかもしれませんが、『きちんと印刷できなくて当たり前』だったのです」

3Dプリンタで印刷をするためには3Dデータを作成する必要があるが、そのデータに対する印刷物の再現性が低いことが課題だったという。さらに故障も多く、保守を呼んでもすぐに対応してもらえず、数カ月放置されるケースも多かった。

「世界的に見て日本は3Dプリンタの普及が遅れていて、導入とランニングコストが非常に高額です。また大半が海外メーカー製のため、国内での保守体制は万全とは言えません。当社は今でこそ3Dプリンタでの生産体制を確立していますが、ここに至るまでの道のりは長く、実に40機種400台以上の設備投資に失敗してきました」と苦笑する。

金額にすると、数億円の規模の損失。

「ほかに3Dプリンタのことを相談できる相手がいればこんな失敗をする必要もなかったのかもしれません。しかし、当時の日本に3Dプリンタを中心にモノづくりをする企業など無かったので、全て自分たちの手で道を切り開くしかなかったのです」と振り返る。

失敗も“貴重な経験”という意識で成功へ導く



それだけの大きな損害をどうリカバリーしたのだろう。一柳氏はこう語る。

「私がBfullに加わって感じたのは『弱みを強みに変えることができる会社である』ということです。多額の設備投資による失敗は、ネガティブに捉えればただの失敗です。人にはあまり知られたくない「弱み」なのかもしれません。しかし着目すべきなのは『同じ失敗をほかの誰が経験したことがあるか』だと思います」

桁違いの失敗も、逆手にとれば経験できるのは一握りだと笑う。

「3Dプリンタに関わる企業は、以前から日本にもあります。ただ、実際にこれだけの多くの機種を使用し、これだけ多くの台数を運用した経験があるのはBfullしかないのではないでしょうか。ユーザーとして積んだ数多くの失敗は、メーカーの立場になれば強みに変えられると直感したのです」

現在の日本における3Dプリンタ市場は「価格」と「技術力」が不透明であり、導入を検討している企業様も二の足を踏んでしまうことが多いのだという。

「多くの失敗を重ねることで、3Dプリンタの適正な価格を知ることができ、使いこなすための技術力も養ってきました。メーカーとして、良い装置を適正な価格を販売し、成果を出すための技術力も一緒に提供することができれば、日本の3Dプリンタ市場は加速度的に進むと考えています」

Bfullが提供するのは適正な価格の3Dプリンタだけではない。

「私たちがユーザーの立場で最も必要だったものは、『3Dプリンタに関わることを気軽に相談できる相手』です。この相談相手とは、まさに多くの失敗を重ねてきたからこそ務まる役目であり、それをコンサルティングという一つのサービスとしてお客様へ提供しています」と、ソフト面のサポートも心強い。

「メーカーとしては歩み始めたばかりですが、おかげさまで『ユーザーの立場を知る唯一の3Dプリンタメーカー』として多くの企業様からご評価をいただいています」と胸を張る。

失敗をポジティブに「貴重な経験」と捉えたことにより、Bfullは3Dプリンタのメーカーとしても唯一無二の存在となった。

就活生・若手ビジネスパーソンにメッセージを

最後に、就活生・若手ビジネスパーソンに向けたメッセージをもらった。

「人があまり経験しないような失敗ほど、その時は大きく落ち込み、『なんで自分は…』とネガティブに捉えてしまうかもしれません。しかし、私はそんな時こそポジティブに捉えて『これは自分にしかできない貴重な経験だ』と思うようにしています」

しかし、失敗で落ち込んでいるときは中々気持ちを切り替えられないものだ。

「そんな時は『10年後の自分』に目線を合わせてみてください。ビジネスにおける10年前の失敗を、いつまでも引きずっている人は多くはいません。むしろそれが糧になり、成功につながっている、ということの方が多いのではないでしょうか。だから私は、これからも多くの失敗をするため、常に新しいことへ挑戦していきたいと思います」

「失敗は成功のもと」とチャレンジ精神たっぷりの一柳氏。未来を見据えて挑戦するよう、エールを送ってくれた。