ヒップホップ・R&Bの7人組ガールズグループ「XG」が生まれた背景とは(写真:アフロ)

異色の日本人アーティストが世界を沸かせている。ヒップホップ・ R&Bの楽曲を展開する7人組ガールズグループ「XG(エックスジー)」だ。

2022年3月にデビューシングル「Tippy Toes」をYouTubeで公開して以降、じわじわと知名度を高めてきた。さらに人気を押し上げたのが、6月29日に公開された2ndシングル「MASCARA」だ。YouTubeでは公開から2週間足らずで1000万回再生を突破。曲中の振りは「手裏剣ダンス」として話題になり、SNSには「踊ってみた」動画の投稿も相次いでいる。

「MASCARA」は iTunes Song Chart の Alternative 部門において、17の国と地域で1位を獲得。また、7月8日の全世界175カ国の成績をすべて合算して集計したチャートでは 25位を獲得している。

7月1日からはアメリカ・ニューヨークのタイムズスクエアに映し出された Spotify の巨大デジタルサイネージ広告にも起用された。

エイベックス復活への「のろし」

上記2曲の歌詞はすべて英語であり、Twitterなどの公式アカウントでの投稿も英語と韓国語が中心のXG。一見しただけでは、全員が日本人のグループとは思えない。実際、「Tippy Toes」の動画再生数のうち、約8割が海外からのアクセスだという。YouTubeのコメント欄も、海外ユーザーのものとみられる書き込みが大半だ。

XGを生んだプロジェクト「XGALX(エックスギャラックス)」を手がけているのが、日本のエンタメ企業・エイベックスだ。グローバルに勝負できるアーティストの創出を目指し、約5年間にわたりXGを育成。デビュー後の施策も、すべて「世界でのヒット」という目標が念頭にある。

安室奈美恵や浜崎あゆみなどの大ヒットアーティストを多数輩出し、1990〜2000年代に隆盛を極めた同社。ただそのピーク以降、存在感が薄くなったと感じている読者は少なくないだろう。

そんなエイベックスが2022年5月、中期経営計画を発表した。主要施策として掲げるのは、「XGALX」を含めた「連続性のある自社IP(アーティストなどの知的財産)開発」だ。長らくメガヒットアーティストの創出に苦しんできたエイベックスにとって、XGは復活への“のろし”ともいえる。

エイベックスの直近2022年3月期(2021年度)の業績は、売上高が約984億円、営業利益が約26億円だった。前期比では2割以上の増収だが、これはライブ興業などに新型コロナの影響が直撃し創業来初の営業赤字を計上した2020年度よりはましだった、というのにすぎない。コロナ以前の売り上げ規模を踏まえれば、回復はまだ道半ばだ。

ただ、業績推移でより注目したいのはコロナ以前だ。売上高は2014年度をピークに、その後は数年にわたり横ばい状態が続いていた。営業利益のピークはさらにさかのぼって2012年度で、その後は多少のでこぼこがあるものの、総じて下降線をたどっている。


エイベックスの創業は1988年。輸入レコードの卸販売が祖業で、1990年に町田にスタジオを開設するとともに自社レーベル「avex trax」を設立した。その後、TRFや安室奈美恵、globe、Every Little Thingなどヒットアーティストを次々と輩出した。1990年代のエイベックスは、まさに破竹の勢いだった。

2000年代に入ると、CD-R(データ書き込みが可能なCD)や音楽配信の普及により、主力だったCD販売に陰りが見え始める。だが、浜崎あゆみや倖田來未、大塚愛など、所属アーティストの人気が下支えし、売り上げの伸びは続いた。

「貯金」に頼っていた反省

その後もライブ事業などを原動力に業容を拡大したエイベックスだが、東方神起が一時的に活動を休止した2015年ごろから、足踏み感が出始める。そして2018年には、「平成の歌姫」として長年活躍した安室奈美恵が引退を発表。さらに現在はコロナ禍、AAA(トリプルエー)の活動休止など、新たな打撃も重なる。

「1990年代から2000年代にかけ、当社には非常に多くの“貯金”があり、(経営上は)それをこなしていけばいいんだという時期があった。気づいてみると、われわれがゼロから何かを作っていくというのが、会社ごとになっていなかった感がある」

エイベックスの黒岩克巳社長は東洋経済の取材に対し、近年の不振についてそう反省を語る(詳細は黒岩社長のインタビュー記事:エイベックスは「全盛期の輝き」をどう取り戻すか)。

5月に発表した中期経営計画でIPの発掘・育成に重点を置いたのはこのためだ。主要施策では、今後5年間でアーティストのほか、フェス・イベント、アニメ関連のIP創出に250億円を投入することを明記している。

冒頭に挙げているアーティスト育成に関しては、新たな育成機関「avex Youth」を2022年7月に立ち上げた。「世界基準のヒットを作れるような環境をわれわれが提供していく」(黒岩氏)といい、単に歌やダンスを磨くだけでなく、海外でも愛されるための必須要件である語学や文化的背景も身につけられるよう、留学プログラムなども用意する。

avex Youthのもう一つの特徴は、「出口戦略」を明確にしたプロジェクト形式で運営する点だ。

avex Youthに先立って約5年前に開始し、XGを輩出した「XGALX」プロジェクトは、「ダンス&ボーカル × グローバル」というコンセプトで活躍できるよう、初期から方向性を明確にして育成に取り組んできたという。今後は同様の手法で複数のアーティストを展開していきたい考えだ。

継続的にヒットを出せるか

XGを見ても、エイベックスが「出口戦略」を重視していることがうかがえる。顕著なのが、海外、とりわけK-POPを強く意識している点だ。

プロデューサーは韓国を中心に音楽活動を展開してきたSIMON(サイモン)氏が務めており、歌やダンスなどのレッスンにおいても、”韓国式”を多く取り入れたという。さらに「MASCARA」のリリース翌日からは立て続けに韓国の音楽番組に出演。前述のとおり、SNSの公式アカウントの発信も英語、韓国語を中心に行っている。


中計の達成に向けて、自社アーティスト育成の重要性を強調する黒岩社長(撮影:梅谷秀司)

「すべて韓国をまねするというのではないが、研究して、いいところを取り入れたい。エイベックスはアメリカ・ロサンゼルスにもスタジオを持っており、現地の要素を取り入れながら、日本的なオリジナリティを持ったアーティスト・作品を出していけるのが理想だ」(黒岩氏)

ただし、黒岩社長自身もこうしたプロジェクト形式のアーティスト育成について、「未知の領域なので、(すべてがヒットする)確信はない」と話す。XGもスタートダッシュは切れたものの、今後世界的なヒット曲を継続的に出せるか、エイベックスの業績にプラスに貢献するかは未知数だ。

一方で黒岩社長は、「韓国のエンタメ企業のように、日本からもアジア市場、世界市場に打って出るアーティストを作っていきたい」と意気込む。日本のエンタメ業界の老舗は、再び存在感を高めることができるか。

黒岩社長のインタビュー記事:エイベックスは「全盛期の輝き」をどう取り戻すか

(郄岡 健太 : 東洋経済 記者)