発達障害が増えたのは「知名度が上がったから」だけではない…心理学者がたどり着いた"社会のある変化"
※本稿は、チーム・パスカル『いのちの科学の最前線 生きていることの不思議に挑む』(朝日新書)の一部を再編集したものです。
■こころの問題には「時代の傾向」がある
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河合俊雄(かわい・としお)教授
京都大学 人と社会の未来研究院
1957年生まれ。1982年京都大学大学院教育学研究科修士課程修了、1987年チューリヒ大学で博士号(哲学)取得。1988年にスイスのカランキーニ精神科で心理療法家として働いたのち、1990年より甲南大学文学部助教授を務める。1995年京都大学教育学部・教育学研究科助教授、2004年に同教授を経て、07年より京都大学こころの未来研究センター教授、22年から同センターの改組に伴い、現職(兼副院長)。
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うつ病や依存症、摂食障害、解離性障害――。こころの働きに関係する病は、種類も症状もさまざまだ。だが、こころの問題に悩み、心理療法を受けに来る人たちの訴えは、まるで流行があるかのように、時代の傾向があるという。
こころの研究者であり、心理療法家として長年多くのクライエントに会ってきた河合氏は、時代とともに変わるこころを見守ってきた。特に流行が分かりやすいのは学生相談の現場である。
30年ほど前は、自傷行為や過食で悩む人が多かった。また、その前には「境界例」と呼ばれる、対人関係に問題を抱えている人たちも多く存在した。だが最近では、それらの相談はほとんどなくなった。代わりに増えてきたのが、「発達障害」である。
発達障害は、脳機能の発達に関係する障害だとされている。その症状は多様で、自閉症スペクトラム障害(自閉症やアスペルガー症候群など)、注意欠陥・多動性障害(ADHD)、学習障害などが該当する。
■発達障害の症状の強さは人それぞれ
その中で自閉症スペクトラム障害に近いものは、集中力が高いがこだわりが強くて空気が読めず、コミュニケーションが難しいという特徴を持つ。また、ADHDには、衝動的に活動し、物忘れが多く締め切りや約束を守れないという特徴がある。両者の症状は全く異なるが、どちらも脳の発達の違いが原因だと考えられているため、スペクトラムとしての発達障害というカテゴリに入れられている。
自閉症とADHDの特徴を読んで、どちらかが自分にも当てはまると思った人もいるかもしれない。発達障害は症状の強さも人それぞれで、日常生活に強く支障が出る人もいれば、社会の中で適応し、自分の特徴を活かして活躍している人もいる。適応できている人に関しては「障害」と呼ぶ必要はないだろう。自閉症の特徴を持っていても、ひとりで集中して作業する技術職なら高い能力を発揮できるし、ADHDの特徴を持っていても、時間に縛られないクリエイティブな職業で他の人にはできない仕事であれば、支障はないかもしれない。
■発達障害に悩む人が増えたのは、時代が変化したから
だが、このような特徴が強く出てしまったり、活かせない環境であったりすると、対人関係のトラブルや自尊心の喪失などが起こり、つらい思いをしてしまう。ときには就学や就労が困難になったり、うつ病を発症したりすることもある。周りの理解が必要なのが大前提だが、当人が生きやすくなるための心理的な支援も重要だ。
発達障害は、なぜ、増えてきたのだろうか。
病名が多くの人に認知され、相談に来る人が増えたことが第一に考えられるが、河合氏は、興味深い別の理由を教えてくれた。
「発達障害といってもいろいろですが、その多くは『主体』が弱いという特徴を持っています。発達障害や発達障害的な特徴に悩む人が増えてきたのは、時代が変化したからではないでしょうか。終身雇用が当たり前で外から決められた『枠』がしっかりあった時代は、主体性が欠けていても問題にはなりませんでした。コミュニティもしっかり存在して、その中での役割が与えられていたからです。
誰と結婚して、どの仕事をするかが、コミュニティの中で必然的に決まっていた。そうなると、主体性なんてなくても困らないわけです。しかし、現代は自然発生的なコミュニティが減って、自分で判断する場面が多くなりました。個人の自由度が増してきた現代だからこそ、主体性の問題があぶり出されていると考えています」
■「強固な主体性」が必要になってしまった
人間は自由の刑に処せられていると述べたのは20世紀の哲学者サルトルだが、自由はある種の人々にとって大きな重荷なのである。
自然発生的なコミュニティとは、ご近所さんの輪のようなゆるいつながりのことだ。家族や仕事仲間のような緊密で必然的な関係とは対照的なものである。人はつながりがないと生きていくことはできない。ゆるいつながりが消滅すれば、必然的なつながりにしがみつくしかない。そうなると、必然的なつながりはさらに緊密さを増していく。この現象を河合氏は、「カルト化」と表現した。
「現代は、家族がカルト化しています。昔なら、おかしな家族がいたら近所の人が『あの家はどうなってるの?』と首を突っ込んでいましたし、子どもも近所の祖父母の家に遊びに行ったりなど、逃げ場がありました。ですが、カルト化した家族には逃げ場がない。歪みはどんどん濃縮されていきます」
一方で、インターネットの発展により、つながろうと思えばいつでもどこへでもつながる手段が生まれた。無数の選択肢と、カルト化したコミュニティ。その両極端のつながりに挟まれた現代では、より強固な主体性が必要になってしまったのだ。
■心理療法で驚くほど改善するケースがある
発達障害は、先天的な脳の特性が原因であるため、心理療法は有効ではないと長らく考えられてきた。だが、そうではない可能性を河合氏は考えている。
「これまでの心理療法は、クライエントが主体的に自分のこころを見つめ、問題を解決していく内省的なアプローチが中心だったので効果が薄かったのかもしれません。主体性が欠けている発達障害の人には、違う方法論が必要です」
河合氏がセンター長を務めていた京都大学こころの未来研究センターでは、「子どもの発達障害へのプレイセラピー」の研究プロジェクトが行われてきた。発達障害の子どもにプレイセラピーを実施し、その効果を検証しているのだ。その結果、脳機能の生まれつきの特性であると言われている発達障害も、心理療法によって驚くほど改善するケースがあることが分かってきた。
「脳の働きが、人間のこころや行動に大きく影響しているのは確かです。とはいえ、必ずしも脳だけでこころの状態が決まるわけではありません。身体から働きかけることも有効です。こころへの働きかけで行動や考え方が変わっていけば、それがまた脳を良い状態に導いていくこともありえるかもしれません」
■「箱庭療法」での変化を見ていく
プレイセラピーには「箱庭療法」も含まれる。河合氏の父である河合隼雄氏が、スイスから日本に持ち帰って広めた治療法だ。
実際に使っている箱庭を見せてもらった。
内側を青く塗った浅い木箱に砂が入っている。部屋の棚には箱庭療法で使うミニチュアの玩具がずらりと並んでいた。テーブルや椅子、車や標識、山や木、動物や人形など、圧倒されるほど大量のさまざまな玩具だ。
クライエントは、セラピストに見守られながら、箱の中に好きな玩具を選んで配置していく。砂を掘れば、青い板が覗くので、それを泉や海や川に見立てることもできる。河合氏が席を外している間に、箱庭を作らせてもらったら、童心に帰って楽しめた。できあがったものは、奇妙で不思議な世界だった。だが、自分でもなぜこのような箱庭を作ったのかが分からなかった。箱庭を作っていたつもりが、途中から箱庭に作らされていたのである。
「箱庭は一度だけの表現でももちろん意味がありますが、実際のセラピーでは何度も連続的に作っていくことで、変化を見ていきます。セラピストが見守っていることも重要です。セラピストが何か働きかけたりすることはほとんどありませんが、誰かと世界をシェアしていることが、クライエントのこころにとって大切なのです」
セラピストは箱庭療法においても、カウンセリングにおいても、ただ見守るだけの存在ではないのだ。見守っているうちに、クライエントの内面から、これまでなかった何かが立ち現れてくる。発達障害の子どもの場合だと主体性の萌芽が生まれることもある。そのときに、立ち上がってきた新たなこころの動きをキャッチするのがセラピストの役割だと河合氏は話す。
■改善に向かうきっかけとなる「エマージェント」
本人が自覚していないこころの動きが、何らかの拍子に突然立ち現れる。河合氏はそれを「エマージェント」と表現した。エマージェンスが起こると、こころの問題の改善に向かうきっかけになることが多い。立ち上がったのに、再び「座って」しまうこともあるが、それでも気長にセラピーを続けていくうちに、クライエントは自分で立ち直る力を手にしていく。
ひとりで悩んでいるだけでは、このようなこころの状態にはなりにくいし、エマージェントな動きを発見できない可能性が高い。こころの動きは「シェアされること」が重要なのだ。そのためにセラピストは安全で守られたスペースをクライエントに提供する。
河合氏が心理療法でクライエントと初めて対面したのは、大学院1年のときだ。以来、もう40年近く臨床現場に立ち続けている。研究と臨床を両方行うことの意義を次のように語る。
「セラピーを必要としている人たちは皆、苦しみ悩んでいます。心理療法によってこころへアプローチすることは、普通ではない状態を調査することになります。普通の状態のこころを知ることももちろん大切ですが、普通ではない追い込まれた状態だからこそ、こころのさまざまな側面が見えてくるのです」
■個別の事例には、非常に大きな力がある
さらに、クライエント一人ひとりに向き合い、個々の事情に深く寄り添い関わっていくことでしか、得られない気づきがあると語る。これは、自分が心理療法を行う場合だけでなく、他の人の事例を検討することでも同様だという。
「個別の事例は、非常に大きな力を持っています。事例報告会などでは、クライエントの個人情報が守られる形で治療の経過などを報告しますが、それを見ると、どうしてうまくいったのか、どこで間違えたのかなどがよく分かります。そのような事例検討は、専門家の参考になるだけでなく、一般の人にとっても有効だと思います。どんな人のどんな苦しみが、どんな過程を経て回復したのかという話を本などで具体的に読むと、自分に応用できるようになる。物語の持つ力と言えるかもしれません」
心理学をサイエンスの土台に載せるためには、すべての現象に共通する法則性を見出さなくてはならない。それができない以上、個々の事例は「物語」にしかならない。
だが、こころから生まれた物語は、確実に人の生きる力を引き出している。クライエントが見せてくれるこころの働きは、その場限りの現象なのか、それとも普遍的ないのちの姿なのか。この問いをサイエンスの言葉で答えることは、今はまだできない。
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チーム・パスカル理系ライターチーム
2011年に結成された、理系ライターのチーム。構成メンバーは、ノンフィクションライター、ビジネスライター、小説家、料理研究家、編集者、メディアリサーチャーなど多様なバックグラウンドを持つ。サイエンスを限定的なテーマとして扱うのではなく、さまざまな分野と融合させる、多様なストーリーテリングを目指している。
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(理系ライターチーム チーム・パスカル)