アップルの中国脱出が呼び水に…世界の一流企業の「中国離れ」が止まらない理由
■大手企業の“中国離れ”が始まっている
中国共産党政権によるゼロコロナ政策の長期化や台湾有事など世界情勢の急激な変化を懸念して、世界の有力資本が中国から流出している。資本が向かう主な先の一つがインドだ。米アップルなど世界の大手企業がインドへの直接投資を増やした。
ウクライナ危機の長期化懸念が高まっていることも、中国から逃避する資金が増える一因だ。また、中国海軍の空母“遼寧”は台湾付近の海域で実戦訓練を実施した。バイデン大統領が台湾防衛を明言したのは、ウクライナ危機のような事態を繰り返さないという意思表明だ。
世界情勢のさらなる変化によって、中国からインドに流入する資本は増え、世界の工場としての役割は中国からインドに加速度的にシフトするだろう。バイデン大統領が立ち上げを表明した“インド太平洋経済枠組み(IPEF)”はそうした動きを促進するファクターになりうる。
日米豪印4カ国の枠組みである“クアッド”の首脳会議にて今後5年間でインド太平洋地域のインフラ構築に500億ドル(約6兆3000億円)以上が投資されることも大きい。わが国は世界情勢の急速な変化に対応すべく、インフラ整備を強力に支援するなどし、インドとの信頼関係の強化を急がなければならない。
■アップルの工場移管がインド進出の呼び水に
ここにきて、中国からの資本流出が加速している。その向かう先の一つがインドだ。そのきっかけとなったのが、2018年3月以降に先鋭化した米中の対立だった。中国で行ってきたデジタル機器などの生産を中国以外の国に移す企業が増えた。その代表格が米国のアップルだ。2019年にアップルはトランプ政権(当時)の対中制裁関税などの影響を避けるために、当時の上位機種の生産をインドに移管したとみられる。
国際分業によって成長を加速してきたアップルのインド進出は、他の企業がインド向けの直接投資を急ぐ呼び水のような役割を発揮し、台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業や緯創資通(ウィストロン)に加え、わが国の工作機械メーカーなど広範な業種でインド進出が加速した。
その後、コロナ禍の発生によって世界の企業の中国脱出とインド進出が勢いづいた。特に、共産党政権が強引にゼロコロナ政策を徹底したことは大きい。半導体をはじめIT先端企業が数多く集まる西安市や、中国のシリコンバレーと呼ばれる深圳市がロックダウンされた。ゼロコロナ政策によって港湾施設の稼働率も低下し、世界の物流が停滞して供給制約は深刻化した。
■もし台湾が本当に侵攻されたら…
生産年齢人口の減少による労働コストの上昇も加わり、各国企業にとってのチャイナリスク(中国で事業を続ける結果として、想定外に事業運営にマイナスの影響が生じる恐れ)は急激に高まった。中国でビジネスを行う企業にとってゼロコロナ政策の失敗リスクは軽視できなくなった。
追い打ちをかけるようにして、ウクライナ危機が発生した。エネルギー資源や食糧などの価格上昇は、中国の経済成長率を押し下げる。中国による台湾侵攻の懸念も増している。
万が一、台湾侵攻が起きれば、世界の半導体供給の心臓部である台湾が大混乱に陥ることは避けられない。世界全体で半導体が枯渇し、スマートフォンや自動車などのモノが作れなくなる。台湾積体電路製造(TSMC)から軍事用の半導体を調達している米国の安全保障にも無視できない負の影響が及ぶ。
■艦載機、空母建設…軍事力に力を入れる中国
そうしたリスクを回避するために、時間の経過とともに中国からインドなどに生産拠点などを移管する企業や投資家が増えている。その状況下、米国政府は中国の台湾侵攻への危機感を一段と強めている。
その一つの要因として、沖縄県の南方海洋において中国海軍の空母“遼寧”が艦載機の発着艦を繰り返していることは大きい。遼寧はスキージャンプ台方式で艦載機を発進させる。さらに、中国海軍は艦載機のより効率的な運用を可能にする電磁カタパルトを搭載した新型空母の建造を進めていると報じられている。
中国の空母打撃力が急速に強化される可能性は高まっている。それによって台湾海峡の緊迫感はさらに高まり、台湾の半導体生産能力に依存する米国や主要先進国の経済、さらには安全保障に無視できない負の影響が及ぶ。そうしたリスクを低減するために米国は台湾や韓国の半導体メーカーに対米直接投資を求めている。
■インドの発展は米国にとっても決定的に重要
台湾海峡の緊迫感が高まる中で来日したバイデン大統領は、台湾の防衛を明言した。米国は、IPEF創設やクアッドによるインド太平洋地域でのインフラ投資支援の強化も明言した。それは、ウクライナ危機のような惨事を繰り返してはならないという米国としての危機感の裏返しといえる。
米国としては台湾を含めたアジア地域の安定に細心の注意を払いつつ、サプライチェーンの対中依存を低下させ経済成長を実現しなければならない。そのために、クアッド加盟国であり、労働コストが低く、中長期的な人口の増加も期待されるインドにデジタル家電などのサプライチェーンを整備することは米国経済の安定と覇権の維持に決定的に重要だ。
米国以外の西側諸国もインド太平洋地域の安定により大きなエネルギーを注ぎはじめた。昨年、英国は最新鋭の空母“クイーン・エリザベス”をインド太平洋地域に派遣し、日米との共同訓練を行った。ドイツはフリゲート艦の“バイエルン”をアジアに派遣し東京にも寄港した。欧米各国は安全保障体制の維持と強化のために台湾海峡を含めインド太平洋地域の安定に向けた取り組みを強めるだろう。
■世界経済の供給基地として重要性が増している
足許、ウクライナ危機が長期化するとの懸念の高まりによってリスク回避に動く企業経営者や投資家は一段と増えている。空母の運用能力の強化などに財政資金を注ぎ込む習政権への警戒感は高まらざるを得ない。ゼロコロナ政策が長期化する展開も不安材料だ。長い目で見ると、それらは中国経済に大きなマイナス効果となるだろう。成長の限界を迎えた中国から海外へ、ヒト、モノ、カネの流出が増える。
他方で、世界の企業は安価かつ豊富な労働力の確保、地政学リスクの分散、供給網の安定性向上を目指してインドへの直接投資を増やすだろう。世界の供給網の心臓部としてのインドの重要性は急速に高まると予想される。
それに加えて、消費市場としてのインドの成長期待も高い。IMFによると中国の1人当たりGDPは1万2359ドルだ。それに対して、インドは2185ドルだ(2021年、名目値)。ベトナム、インドネシア、マレーシアなどASEAN地域への直接投資も積み増されている。
■日本は直接投資の強化を急がねばならない
ただし、インドが米国など主要先進国と完全に利害が一致しているわけではない。インドはロシアから兵器を購入している。割安なロシア産原油の輸入も続けている。それは中国との国境紛争リスクへの対応や国内のエネルギー需要などを満たすために簡単には手放せないだろう。その状況下、わが国はインフラ整備支援などをより積極的に提案して、インドとの関係を強化しなければならない。世界的な供給制約が深刻な状況は当面続く。
インドが脱炭素を進めて人々のより良い暮らしを実現するために、効率的な火力発電システムや上下水道、道路、鉄道の整備などでわが国が強みを発揮できる部分は多い。わが国企業が直接投資を増やすことによって、自動車や工作機械などの分野でインド企業の技術移転が進み、工業化が加速するだろう。
それと同時に、容易なことではないが、わが国はTPPへの米国の復帰を求めるなど、自由資本主義の価値観に基づいた多国間の経済連携強化に取り組むべきだ。長い目で考えた時、そうした取り組みが、わが国が自力で経済の実力を回復するために不可欠だ。
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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。
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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)