ローソンレプリカはなぜ凄い!?(このバイクに注目)
アメリカAMAカルチャーにファンが共感
アメリカは、モータースポーツでヨーロッパと次元を異にするカルチャーが根強い。カーレースの最高峰、F1に対してアメリカにはインディカーがある。ヨーロッパのGTレースと、ストックカーいわゆるNASCARとの関係も象徴的だ……そんなアメリカ人気質から、バイクレースでも世界GPマシンに対しアップハンドルのネイキッド(当時はまだそんな呼び方はなく、スポーツバイクの頂点はまだアップライトだった)によって1976年からAMAのチャンピオンが争われることになった。
ホンダのCB750フォアをはじめ、カワサキにスズキと日本製4気筒ビッグバイクが台頭し、スポーツバイクの世界が一変したのをうけ、AMAではスーパーバイクの選手権をスタートさせたのだ。
その70年代から80年にかけて、カワサキはZ1000Jをベースに規制で制限のある範囲でモディファイしたZ1000Rを駆る、エディ・ローソン選手の活躍で一躍盛り上がっていた。ライバルはホンダCB900Fとフレディ・スペンサー……コーナーをガンガン攻めるシーンにファンは魅了された。ビッグバイクの頂点はハイウェイの高速クルージングをイメージしていた世界が、このカルチャーで一気にひっくり返ってしまったのだ。
そしてカワサキは、このローソン選手が果敢に攻めていたライムグリーンのZ1000レース仕様車を、公道仕様のレプリカとして1982年から発売、これがローソンレプリカとして人気を集めたのである。
KERKERのマフラーや旋回をクイック且つ安定させる低いシート高、ライムグリーンのペイントと共に特別感が存分に漂っていた。
熟成度も高まってハンドリングで他をリード
乗りやすく攻めやすいとカワサキファンが定着
1981Z1000J
1984Z1100R
そもそもカワサキは、1974年CB750フォアに先行を許しながら、満を持してデビューさせたZ1という状況もあって、当初からあらゆるクオリティにこだわっていた。エンジンの信頼性・耐久性、それにハンドリングも高速域を安定して走れる余裕を与えることに注力、その人気を拡大することに成功したのだ。その後もハンドリングにはこだわりをもって開発、エンジンが空冷第2世代へと進化したジェネレーションのバイクは、フロントが弱アンダーで常に安心感を与えるバランスと、リヤまわりも後輪が多少スライドしても大きめに設定したリバウンド側によるリカバリーしやすいハンドリングで、キャリアの浅いライダーでもスポーツライディングの領域を楽しめる、そんな傑作バイクを輩出していた。こうした背景も、ローソンレプリカを伝説的な人気車種とした一因だろう。
水冷ネイキッド世代にローソンレプリカ復活DAEGは馴染みやすくパフォーマンスを感じられる
スポーツネイキッドの基盤となった
2010MODEL
2015MODEL
2016(FINAL)MODEL
ZRX1100(1997-2000年)、ZRX1200(2001-2008年)に続き2009年に登場したZRX1200DAEG(ダエグ)。5速ミッションが6速化され、フューエルインジェクションを採用、日本専用モデルで2016年に最終型(ファイナルエディション)となった
その後、時代は水冷でカウルに身を包んだパフォーマンスのスーパースポーツ、カワサキではNinja900に代表される世代へとバトンタッチ、アップハンドルのスポーツバイクはベーシックバイクとしての位置づけのやや地味な存在となった。
しかしZ1をルーツに持つカワサキは、傍らでトラディショナルなZ系バリエーションをラインナップし続けていて、その流れの中で水冷系でもコンセプトをローソンレプリカを彷彿とさせるZRX1200DAEGにも、ローソンレプリカのグラフィックを加え、根強いスポーツネイキッドの心を掴んでいた。
実は初代ローソンレプリカと同じ頃、カワサキはZ750GP~GPz系へとフューエルインジェクション化をいち早く進めていて、ローソンレプリカではイメージからキャブレターが必然ではあったが、4メーカーで水冷化が最も遅かったのとは裏腹に、ライダーの感性に馴染みやすい特性の追求には国産メーカーで先頭をゆく存在だった。
現行のZ900RS世代も、こうした伝統を受け継いでいるからこそ、だれにも馴染みやすい諸特性にまとめられているのだろう。スポーツネイキッドの源流、ローソンレプリカの歴史は消えることなく受け継がれていくに違いない。