塩谷は2013年には、広島でスタメンに定着。大きなプレッシャーのなかでシーズンを戦い抜き、J1連覇を経験した。写真:滝川敏之

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 攻守の重要局面となる「バイタルエリア」で輝く選手たちのサッカー観に迫る連載インタビューシリーズ「バイタルエリアの仕事人」。第16回は、海外移籍を経て、昨シーズン、サンフレッチェ広島へ4年ぶりに復帰した塩谷司だ。

 前編では、改めてプロを志すきっかけとなった大学時代の恩師との出会いや、プロ1年目の水戸での経験、出場機会に恵まれなかった広島での最初のシーズンなどについて訊いた。後編では、広島でのJ1連覇や初めての海外移籍、日本代表への想いを語ってもらった。

 塩谷は2012年夏に水戸から広島に完全移籍。移籍当初はリーグ戦3試合の出場にとどまったが、2013年からスタメンに定着。J1リーグ連覇(2012年、2013年)も経験するなかで、大きなプレッシャーとも戦っていたという。

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 2013年は森脇(良太)くんが浦和レッズに移籍して、その空いたCBで試合に出させてもらいました。J1制覇した次の年で、サポーターの期待も高いし、正直相当なプレッシャーがありました。

 試合に出るなかで自分は、周りの選手が何とかしてくれて試合に勝っていると感じながらサッカーをしていました。結果、連覇できたので良かった。でも、そこまで優勝に貢献できたとは思っていないです。

 すごいプレッシャーのなかで、千葉ちゃん(千葉和彦)とカズさん(森粼和幸)にはすごく助けてもらいましたね。3バックの隣だった千葉ちゃんは、試合に出だしたばかりで緊張していた自分に、試合中でも面白いことを言って気を紛らわしてくれたり、リラックスさせてくれました。

 カズさんは技術が凄すぎるし、戦術を理解する頭も良すぎる。困ったらカズさんに出しとけ、みたいに思っていました。そのふたりにはだいぶ助けられたなと感じています。

 その後も広島で経験を積むなかで、海外でもプレーしてみたいと思うようになった。でも、海外のクラブから興味があるという話はちらほらあったりはしたけど、正式なオファーはなかなかないなかで、正式にオファーをくれたのがUAEのアル・アインでした。
 
 このチャンスを逃したら海外に行く機会はないんじゃないかなと。海外で一度はプレーしてみたいと思っていたなかでもらったオファーだったので、ラストチャンスだと思って移籍しました。

 UAEに移籍して気づけたこともあって、やっぱり日本人ってきっちりしてるなと思いましたね。向こうでは、戦術面でもそうだし、生活面やトレーニングでも考え方が日本人とは全然違う。UAEに行って、何でももっと柔軟に考えていいんじゃないかなと思うようになりました。そういう意味では、行って良かったです。
 
 塩谷は昨シーズン、海外でのプレーを経て約4年ぶりに愛する広島へ帰ってきた。そして今季はここまでリーグ戦10試合に出場し、攻守で献身的なプレーを見せている。チームは開幕から5試合未勝利など、勝ち切れない時期もあったが、塩谷は「試合の内容自体は良い」と前向きに捉えていた。

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 アル・アインを退団したあと、まだサッカーをしたいという気持ちがあったなか、広島からオファーをもらいました。ほかのチームに行く選択肢はまったく考えていませんでした。

 サンフレッチェには恩もあるし、何と言っても広島の街が好きなんです。奥さんも広島出身で、家も広島にありますし、海外に移籍する前から、引退しても広島には住み続けたいと思っていました。

(ミヒャエル・)スキッべ監督の印象は戦術面も含めて、“とにかく面白い”ですかね。大胆なこともするし、選手にできないことは要求しない。選手のことを信頼して、「みんななら絶対できるよ」と言ってくれますし、本当に色んなことを学べる監督だと思います。あと褒めるのが上手い。選手をのせるのが上手いなという印象です。