プラセボ効果とは、処方された薬が実際には生理学的効果をもたらさない偽薬であっても、服用することにより何らかの改善が見られることを言います。そんなプラセボ効果は服用する本人が「自分が飲むのは偽薬だ」と知っている場合でも発生するケースがあると、心理学系メディアのPsycheが解説しています。

Why placebo pills work even when you know they’re a placebo | Psyche Ideas

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アメリカンフットボール選手のマーショーン・リンチ氏は高校時代、試合前になると不安に襲われて、時にはかなりひどい胃のむかつきに悩まされることもありました。リンチ氏はさまざまな治療法を試したもののうまくいきませんでしたが、ある日、母親のデリーサさんから「スキットルズ(フルーツ味のキャンディ)を食べると胃が落ち着くし、もっといいプレーができる」と勧められたことを受け、試合前にスキットルズを食べるようになったそうです。すると不思議なことに、試合前にやってくる不安や胃のむかつきが軽減され、プレーもよくなったとのこと。

当然ながらスキットルズは単なるキャンディーであり、特別な生理学的効果はありません。しかしリンチ氏はキャリアを通してスキットルズを愛好し、試合前にはいつもスキットルズを食べていたとのこと。Psycheはリンチ氏の行動について、「リンチ氏にとってのスキットルズは、試合前のくだらない儀式にすぎないと思うかもしれません。しかし、スキットルズを食べ、それが自分のパフォーマンスを向上させると信じることによって、リンチ氏は非常に現実的な現象、つまりプラセボ効果を利用していたのです」と主張しています。

プラセボ効果はうつ病・痛み・ぜんそく・パーキンソン病・関節炎など、さまざまな病気や症状に効果を発揮することが臨床試験で示されています。Psycheによると、新薬が承認前の臨床試験を通過するのが難しい理由の多くは、新薬が効果を発揮しないからではなく、プラセボ効果が強力すぎて新薬がそれを上回ることができないからだそうです。



プラセボ効果は臨床的な効果も確認されていますが、実際の治療に用いる上では、患者に「これは本物の薬です」とうそをついて偽薬を渡すことに伴う倫理的ジレンマが存在します。世界中のほとんどの医療当局は、たとえ正当な理由があっても患者にうそをつくことは最善ではないとしているため、プラセボ効果を発揮させるための偽薬処方は一般的ではありません。

しかし、スキットルズが単なるキャンディーだと知っていたリンチ氏の場合のように、「本人が偽薬であると知っていてもプラセボ効果が現れる」というケースも存在します。こういうケースは「非盲検プラセボ」あるいは「非欺瞞的プラセボ」と呼ばれており、近年新たな研究対象になっているとのこと。

2010年の研究では、過敏性腸症候群(IBS)の患者を「非盲検プラセボによる治療を行うグループ」または「治療しないグループ」へ無作為に割り当てました。研究チームは非盲検プラセボのグループに対し、「プラセボ効果が強力であり、体は偽薬に自動で反応する」「ポジティブな態度が助けになるが必須ではない」「プラセボ効果を信じていようといまいと、実験期間中は継続して偽薬を服用することが必要不可欠」と伝え、21日間にわたり偽薬を服用させました。

その結果、被験者は自分が服用しているのが有効成分の含まれていない偽薬であることを知っていたにもかかわらず、治療しなかったグループよりもIBSの症状が少なくなったことが判明。また、被験者は全体的な生活の質が向上したと報告したとのことです。同様の結果は、同じくIBSの患者を対象に行われた2021年の研究でも再現されています。

また、ADHDや花粉症の患者に対しても非盲検プラセボが効果的との研究結果が報告されているほか、「精神的苦痛を引き起こす画像を見た際に非盲検プラセボの点鼻スプレーを使う」という実験では、点鼻スプレーを使った被験者が苦痛の軽減を報告しました。この効果は単なる自己申告だけでなく、脳の電気的な活動からも裏付けられたとのこと。



非盲検プラセボが効果を発揮する理由としては、いくつかの仮説が挙げられています。Psycheが挙げる1つ目の仮説は、「治療が有益だと信じる被験者の気持ちが実際に体に好影響を及ぼしている」というもの。いくつかの実験では「プラセボ効果を信じる必要はない」とされているものの、あくまでオープンなマインドを保つことが奨励されており、アレルギーに関する研究では「プラセボの効果を信じていた被験者」に限り効果が確認されたとのこと。

2つ目の仮説は、「身体が特定の行動や儀式と有益な効果を結びつけている」というものです。人々は頭痛の時には頭痛薬、風邪の時には風邪薬を飲んでおり、「薬を飲むこと」と「症状の改善」の関連を繰り返し学習しています。従って、非盲検プラセボの場合もこの条件付けを体が思いだし、症状が改善している可能性があるとPsycheは解説しています。

また、3つ目の仮説は「詳しく知られていないメカニズムが影響している」というもの。たとえば、「治療を受ける」という行為自体が被験者自身の心身に対する注意力を上げ、時間の経過と共に症状が改善したことに気付きやすくなっている可能性も考えられるとのことです。



非盲検プラセボが効果的であるという研究結果が増える中、研究者や臨床医はこれを現実の治療に適用する方法を考え始めています。これはIBSといった特定の病気だけでなく、リンチ氏のようにストレスや不安に対処することや、鎮痛剤やADHD治療薬といった副作用のある薬の減薬にも応用できると期待されています。Psycheは「非盲検プラセボでは製薬業界がもうけられない」「依然として非盲検プラセボの研究は初期段階」といった点を挙げ、今後10年間の研究が大きな影響力を持つ可能性があると指摘しています。

実際に非盲検プラセボが主流の医療となるかどうかは不明ですが、リンチ氏がスキットルズを愛好しているように、個人レベルで非盲検プラセボのメソッドを取り入れることは今すぐにでも可能です。Psycheは、「痛みやストレス、不安、不眠、軽い胃の不調など、医療的介入を必要としない小さな問題には、自分で作った非盲検プラセボを使うことも検討してみましょう。お茶を飲んだり(多くのハーブティーには実際に有効な治癒成分が含まれていることを思いだしてください)、熱い風呂に入ったり(これにも医療効果があります)、その他の儀式を行ったりすることで、その治癒効果に集中しながら気分を改善できます」と述べました。