1年目で辞める新入社員たちには、どんな事情があるのか。年間1000人以上の社員と面談をしている産業医の武神健之さんは「働き出してから発達障害とわかるケースや、入社早々から心に壁を作ってしまうケースがある。いずれにしても、先輩社員は産業医と連携を取ってほしい」という――。
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■「夏までに退職を考える」新人は毎年いる

コロナ禍3年目、新型コロナ感染症に伴うまん延防止等重点措置も終わり、3年ぶりにコロナ前のようにリアルな入社式で新年度が始まりました。まだ着慣れないスーツ姿、時に見せる少し不安なまなざしに初々しさを感じる新入社員たちですが、皆、やる気と希望に満ち溢れた顔をしています。

巷では、入社数日でやめてしまったりする社員もいるようですが、私が産業医として勤務する会社では、入社してすぐにやめてしまう新入社員は昨年もいませんでした。しかし、夏までに退職を考えるに至る新入社員たちには毎年遭遇します。

そこで今日は、夏前に退職を考える新入社員たちについて3人の産業医面談事例からお話ししたいと思います。

■何度注意しても「電話のメモ」ができない

1人目は、コロナ前に新入社員だったAさんの話です。

Aさんが上司に促され産業医面談に来たのは6月でした。新入社員研修は問題なく過ごし、予定通り営業部に配属されたものの、最近、出社前は胃がむかむかし吐き気に悩まされ始めたとのことでした。

人事が部門から聞いた話では、彼女は、先輩社員に同伴して行くクライエント訪問先での対応は明るくハキハキしていて高評価だったそうです。しかし、社内での電話対応業務においては、電話をしてきた人の名前や部署、用件内容をメモ等できず、何度注意しても改善が見られず、初めは優しく指導していた先輩たちもだんだん呆れてきているようだとのことでした。偏差値の高い優秀な大学出身であることから、地頭が悪いわけはなく、本人の業務の好き嫌いや、やる気の問題だと上司は考え始めているとのことでした。

■「発達障害の気配」を感じてクリニックを紹介したものの…

本人も電話対応等ができていないことは認識しており、人一倍努力しているができないと涙目で言っていたのが印象的でした。できないことに落ち込み、怯え、クライエント訪問が予定されていない日などは、前日はうまく眠れないことが出てきて、また、次第に朝は出社が怖く感じるようになってきている状態でした。

聞いてみると、学生時代から予定管理やマルチタスクは苦手で、友人たちに迷惑をかけてきたけれども、毎回持ち前の明るさと笑顔のコミュニケーションでなんとかなってきたようでした。

産業医の私は彼女に発達障害の気配を感じつつ、現在の症状にも治療が必要と判断し、その方面に強いメンタルクリニックの受診をお勧めしました。受診を約束して産業医面談を終えたものの、その後いつまでたっても産業医面談に現れず、数カ月後に人事に聞いてみると、「あぁ、彼女、夏前に辞めました。部門もあまり積極的には引き留めなかったようです」とのこと。

今はきっと、自分にあった仕事についてくれていることを願うばかりです。

■メンタルクリニックで判明したADHD

2人目はコロナ1年目の7月に面談に来たB君です。

彼は入社早々、新入社員研修が終わる頃には、遅刻魔、提出物の締め切りを守れない、集中力にムラがあるとの評価となっていました。上司たちに注意され、何事もメモするようにしたものの、メモしないでいいと判断したものに限って予定等を忘れてしまい、落ち込み、5月中旬には睡眠障害や気分不快を自覚し、自らメンタルクリニックに通い始めました。

写真=iStock.com/wutwhanfoto
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クリニックで行った心理テストでADHD(注意欠如・多動症)の診断となりました。彼自身はADHDの特性について聞けば聞くほど、過去の自分に当てはまるものばかりで、すぐにそのことに納得できたようでした。内服治療を始めたものの、毎日24時には寝て翌日に備えるべきと理解はしているものの、夜な夜な趣味のゲームや3Dプリンターでの制作などに過集中してしまい、寝るのは3時頃になり、翌日9時からの仕事に度々遅刻することが続いていました。

先輩も上司もよくフォローしてくれているものの、仕事がうまく行かない日は特に頭がぼーっとしたり、また、気分の落ち込みもどうにもならないため、退職した方がいいのではないかと相談しに来ました。

■ADHDであることをオープンにし、前向きに働けるように

数回の面談の中で彼には、彼の特性(ADHDの人には得意不得意や集中力の差があること)を変えることはできなくても、それに上手に付き合うことで、症状(気分障害や頭痛など)はコントロール可能なこと、そのためには何事もメモを取ることや夜更かしをしないなど自分のルールをしっかり持つ大切さを理解してもらいました。

また、会社にも協力してもらうため、彼の特性(ADHDであること)を会社にオープンにすることを聞いてみると、すぐに承諾してくれたため、主治医からの心理テストの結果や診療情報提供書とともに、上司等と産業医がすぐに連携を取れました。そして、業務における彼の得意・不得意は、彼の好き嫌いではなく、ADHDであるがゆえの特性によるものであることを上司も理解してくれました。

9月の産業医面談では、彼は、10月から部署異動になり自分の特性を活かせそうな業務内容になる予定だと表情明るくお話ししてくれました。通院と内服は継続していること、多少の症状はまだあることを確認しましたが、良い方向に向かってくれそうでした。

11月の面談では、通院しながら投薬量を調整していること、新しい上司やメンターもADHDに対して理解を示してくれていること、また、周囲の理解やサポートを得られていることを報告してくれ、本人自身も仕事に前向きに取り組めているようで、安心しました。

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■「自分は間違った部門に来たのではないか」

3人目は発達障害とは関係のないCさんです。

Cさんは、入社数カ月でメンタル不調となり夏には休職を開始し、9月に初めて産業医面談に来られました。Cさんは、(新人研修が終わり)部門に5月に配属されて早々、自分は間違った部門に来たのではないかと思い始め、翌月6月にはそれが確信に変わり、即退職して第2新卒での就職活動をしようと思っていたとのことでした。

そのように思う理由を聞いてみると、他部署の同期(新入社員)には入社3〜4年の先輩社員がついているのに、自分にはついていない。代わりに10年目の社員がチームにいるが、他部署の年齢の近い先輩たちのように親身に指導してくれない。部署の上司もそれをみてみぬふりをして、自分には雑用しか回してこない。そのため何もまだ覚えてなくてできない等々、不満はたくさんあるようでした。

そのような中で朝の調子が特に悪くなり、出社しても感情がコントロールできず人前で泣いてしまい、とうとう出社できなくなったとのことでした。医者にかかったのは、出社しなくなってから、人事に診断書が必要と言われたからでした。

■休職しながら第2新卒枠で転職活動

自分の体調が悪いことは認めるものの、原因は職場環境にあるのだから自分が病院にかかっても自分には治療すべきところがない、だから診察に行く気にはならない。元気になっても、あの環境を変えてくれない限り安心して復職できるとは思えない。自分にも年の近い先輩社員をつけるか、そのような部署に異動させてもらえるべきだ等々、彼女の訴えはどんどん続きました。

彼女は、休職しながらも診断書の発行目的以外には診察には行かず、体調が良くなると、第2新卒枠で転職活動をしていました。当然、このような社員に復職してほしいという気持ちは会社側も薄く、この状態を黙認していました。最終的に秋に他社での採用が決まり退職していきました。

その後音沙汰はありませんが、これもまたwin-winの結果と言えるのかもしれません。産業医には自分の無力さが残るだけでした。

■5〜6月に違和感を自覚、6〜7月には社内で話題に

毎年、実際に働き出してから発達障害であることがわかる若者がいます。また、自分ができていないことを自分のこと=自責として受け入れられず、原因を周囲に=他責にすることで、心に大きな壁を作ってしまう新入社員もいます。

写真=iStock.com/byryo
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多くの場合、その人たちは、新人研修が終わってから5〜6月頃には何らかの違和感を自覚、6〜7月には社内でも問題になり上司たちに知れ渡り、夏前には人事にも伝わってきます。

私のクライエントの多くは、たとえ病気になっても、やる気のある新入社員たちには概ね、寛大で協力的なことが多いです。しかし、その先、医療にかかったり、退職したり、同じ会社で頑張ったりと経過は様々です。個人的経験から言うと、これは当事者本人の育ちと性格による部分が大きいと感じます。そしてそればかりは、産業医としてもどうにもならないと感じてしまうことです。

先輩社員の方々はぜひ、新入社員に何かある時は、いつでも産業医と連携をとってほしいと思います。そして、その新入社員の性格や特性を捉え、協力して上手に育てていただければと思います。そうすればきっと、数年後には立派な社員になってもらえるのではないでしょうか。

以上、夏前に退職を考える新入社員たちについてお話をさせていただきました。少しでもお役に立てば幸いです。

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武神 健之(たけがみ・けんじ)
医師
医学博士、日本医師会認定産業医。一般社団法人日本ストレスチェック協会代表理事。ドイツ銀行グループ、BNPパリバ、ムーディーズ、ソシエテジェネラル、アウディジャパン、BMWジャパン、テンプル大学日本校、アプラス、アドビージャパン、Wework Japanといった大手外資系企業を中心に、年間1000件以上の健康相談やストレス・メンタルヘルス相談を実施。働く人の「こころとからだ」の健康管理を手伝う。2014年6月には、一般社団法人日本ストレスチェック協会を設立し、「不安とストレスに上手に対処するための技術」、「落ち込まないための手法」などを説いている。著書に、『職場のストレスが消える コミュニケーションの教科書』や『不安やストレスに悩まされない人が身につけている7つの習慣』『外資系エリート1万人をみてきた産業医が教える メンタルが強い人の習慣』などがある。公式サイト
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(医師 武神 健之)