向精神薬は依存性が高く、「麻薬及び向精神薬取締法」で指定される薬も多い(写真:kapinon/PIXTA)

本人の意思を無視した長期強制入院、病院への強制移送、身体拘束、薬漬け……、日本の精神科病院を取り巻く現状は、世界標準からかけ離れた異常な点ばかりだ。そんな日本の精神医療の抱える現実をレポートした、本連載「精神医療を問う」全15回に大幅加筆した書籍、『ルポ・収容所列島 ニッポンの精神医療を問う』が3月11日に当社から刊行された。

連載内では盛り込めなかった、当事者たちの切実な声から明らかになった日本の精神医療が抱える深い闇の実態を、さらにお伝えしたい。

自死のトリガーになりうる

うつ病薬や睡眠薬など、脳の中枢神経に作用する向精神薬。その副作用や依存に苦しむ人は多い。日本は、1つの薬ではなく複数の薬を併用する傾向が国際的にみて高いことはかねて指摘されてきた。多剤併用は大量処方にもつながりやすく、治療効果よりも副作用が強まる可能性も高い。

向精神薬の副作用について、患者や家族への情報提供は積極的に進められてはいない。こうした情報を患者に積極的に伝えない理由として、「患者が副作用を恐れて薬を飲まなくなるからだ」と多くの医師は口をそろえる。


埼玉医科大学病院の臨床中毒センターの上條吉人医師は、次のように話す。

「薬の副作用や重要な使用上の注意などについて、本人や家族に伝えるべきだとは思う。ただ、そもそも薬を出す以前に、医者が向精神薬の処方に慎重になるべきだ」

薬物中毒が専門の上條医師は、臨床中毒センターで多くの自殺を図った患者の救急対応をしてきた。上條医師によると、自殺企図患者のうち50〜60%が薬中毒の患者で、そのうち最も多いのは病院で処方される向精神薬だ。

上條医師は、「患者は夜間や早朝などに運ばれてくる。患者が飲んでいた処方薬を主治医に聞きたくても、肝心なときに処方した医師は寝ている」と憤る。

「不安を解消している薬のはずが、自死のトリガーにもなりうる。ベンゾジアゼピン系の薬はお酒と似たような作用があり、酩酊して抑制が利かなくなる。もともと自殺念慮がある人が酩酊状態になると、普段ならば抑制されているものが外れ、自死を引き起こす可能性もある」(上條医師)

向精神薬の多剤併用・大量処方は、国も問題視している。厚生労働省は2014年以降、一定の処方数を超えた場合に診療報酬を引き下げるなどして、多剤処方への歯止めをかけてきた。2018年には、ベンゾジアゼピン系の抗不安薬や睡眠薬が長期に処方されている場合、診療報酬が減額されることになった。

ただし、こうした規制にも抜け道がある。不安や不眠に関する日本医師会の研修や、精神科薬物療法に関する日本精神神経学会または日本精神科病院協会の研修を受けた医師の処方は、減額の対象外になる。

上條医師によると、睡眠薬は依存性の比較的低い新薬が登場したことで、ベンゾジアゼピン系の睡眠薬の処方は減っている。だが、「薬物関連事件の警察の捜査に協力しているが、発見された死体の中には、乱用の危険性の高い薬を飲んでいたケースがある」と上條医師は言う。

「依存性の強い人は、『気持ちよく寝たい』と医師に言う。こうした患者に訴えのまま、安易に処方する医師が一部にいる」(上條医師)

上條医師は、自死のトリガーとなりうる薬を安易に処方するべきではないと強調する。

「向精神薬は自死を抑制するための処方であって、逆効果になってはならない」

減薬されずに退院させる

精神科病院に入院中に薬の量を増やされても、多くの患者は減薬されないままに自宅に戻ることになる。

「入院中にパニックを起こせば、薬をいっきに飲ませる。だが、薬は減らされずに退院するので、家で薬を調整するのは難しい」

精神科病院への入退院を繰り返す息子(24歳)について、女性はこう話す。息子は、知的障害とADHD(注意欠陥・多動性障害)の特性がある。19歳のとき深夜にパニックを起こしたことから、精神科病院に措置入院になった。これまでは小児科から向精神薬を処方されていたが、精神科で投与される薬の量の多さに女性は驚いた。

これまで3度の入院を繰り返した。いずれも2カ月で退院。入院期間中に薬は増やされるため、退院後に薬を減らすことは難しいと女性は話す。入退院を繰り返して薬の量も増えていったが、本人の症状が改善するわけではない。

「息子はリスパダール(統合失調症などに用いられる向精神薬)の量を増やした後に興奮しやすい。こうした症状を主治医に何度も訴えたが、『最終的に落ち着くならいいじゃないですか』と取り合ってくれない。薬の影響の受けやすさは人によって違うのではないか。そう思って、量を調整してほしいと伝えるが、薬の話になると医師に嫌がられる」

結局、一緒に暮らす女性が、退院後の息子の様子を見ながら自己判断で薬の量を調整するしかないという。患者や家族の判断に任せた減薬は危険を伴う。こうしたことを避けるには、本来ならば処方した病院が責任を持って薬を調整する必要がある。

診療報酬のインセンティブにも問題

国も精神科病院での多剤併用を問題視。入院中の投薬調整を促すため、2020年度の診療報酬改定で、精神科病棟に入院中の患者の薬を減らすなどの調整を行った場合に報酬を上乗せするしくみを新設した。

しかし、こうした診療報酬のインセンティブにも問題がある。

「この減薬は薬剤師の仕事として位置づけられているが、薬剤師と医師には力関係がある。薬剤師から医師の処方に対して指摘をすることは、現実的に難しい」(精神科病院に勤務する薬剤師)


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そのため、現状では薬を減らされないまま退院することが多いという。もう一つ大きな問題もある。「この加算を目当てにした病院が、患者へのインフォームドコンセントをおろそかにし、暴力的な減薬が行われてしまう危険性がある。急激な減薬により、患者が離脱症状に苦しむことになる」(同)。

現在、国が病院に対して医療行為の方向づけをするには、診療報酬の加算と減算で誘導するしかない。しかし、こうしたアメとムチだけで丁寧な薬の調整を促すのは限界だ。

(井艸 恵美 : 東洋経済 記者)