大谷翔平のサイ・ヤング賞は極めて難しい。無双ピッチングで候補と言われるもその理由は?
現地時間8月19日、デトロイトのコメリカパークに集まった2万7282人の観客のほとんどは、ミゲル・カブレラの通算500本塁打を目撃するのが目当てだったのだろう。しかし、この日のタイガース対エンゼルス戦が終わる頃には、少なからずのファンが大谷翔平に魅了されていたのではないか。エンゼルスを3−1での勝利に導いた大谷のワンマンショーはそれほどに見事だった。
タイガース戦で8勝目を挙げ、サイ・ヤング賞も期待されるようになった大谷
投打ともに文句のつけようはなかったが、タイガース戦でより目立ったのは投球のほうだった。ストライク率76.7 %(90球69球がストライク)はメジャー4年目にして自己最高の数字。3ボールまでいったのも1度だけという抜群の制球力で、相手打線を寄せつけなかった。
「四球がなかった。そこが一番よかったところかなと思います。6回以降は比較的に三振を狙う意識ではいました」
序盤の直球の球速は144〜152キロ程度と抑えめだったが、カッター、スライダーを中心に打たせて取る投球を継続。3回までは毎回ヒットを打たれたものの、2、3回はダブルプレーであっさりとピンチを脱出した。エンジンがかかってきた6回からは、直球とスプリットが軸の必殺パターンにモデルチェンジ。本人の言葉どおり、最速159キロの真っ直ぐで押しまくった。
今季前半戦の大谷は制球力に苦しむ試合が見受けられた。中でも6月30日のヤンキース戦では初回に5四死球と乱れ、自責点7でKOされたのは記憶に新しい。
ただ、以降はコントロールが見違えるように安定し、3四球以上のゲームは1戦のみ。特に今回のタイガース戦ではリリーフを休ませたいチーム事情もあり、長いイニングを投げることを意識していた印象がある。そんな姿からは、メジャーリーグの先発投手としての成熟が感じられた。
これで大谷は投手として7連勝となり、今季8勝目(1敗)。防御率も2.79まで下がり、前述した6月30日のヤンキース戦以降、2失点以上はゼロというほとんど無双のピンチングを続けている。
また、8イニングを投げたことで「100イニング」に到達。いよいよ2ケタ勝利も視野に入り、タイガース戦後には現地メディアから「大谷はサイ・ヤング賞の候補になる可能性も出てきたのではないか」という質問がジョー・マドン監督に飛んでいた。
「(サイ・ヤング賞争いでも)候補にはなるだろう。すべての賞の候補になる。三冠王はとらないとしても、他のすべては候補だ。今夜の活躍で、さらに注目されることになるのではないか」
マドン監督はそう述べ、老舗の『ロサンゼルス・タイムズ』は「大谷翔平はMVPとサイ・ヤング賞を獲得するのか?(Shohei Ohtani for MVP and Cy young?)」という記事を発信。そんな背景もあって、今後の大谷の投球はこれまで以上に注目を集めるのかもしれない。
ここで現実的なことを言っておくと、少なくとも現時点で、大谷がサイ・ヤング賞を獲得する可能性はそれほど高いとは思えない。
7月以降の大谷は防御率1.58という圧倒的な投球を続けており、「後半戦のベストピッチャー」という声が挙がっているのは事実だ。100イニング以上を投げているア・リーグの投手の中で、防御率3位、FIP(※)で4位、K/9(奪三振率)でも7位と、さまざまな指標で軒並み優秀な成績を残している。アメリカのスポーツ記録サイト『Baseball-Reference』のWAR(打撃、走塁、守備、投球を総合的に評価した貢献度)でも5位であり、サイ・ヤング賞候補に挙げられてしかるべきではある。
(※)ピッチャーのみの責任となる奪三振、与四死球、被本塁打、投球回数をもとに、そのピッチャーの能力を測る指標
ただ、問題はここまで18先発機会で100イニングしか投げておらず、今季終了時点で既定投球回数の162イニングにも到達しないであろうことだ。かつてデニス・エカーズリー、エリック・ガニエといった支配的なクローザーが、少ない投球回数でサイ・ヤング賞を受賞したケースはあるものの、先発投手は相応のイニングを稼ぐことで候補になってきた。
シーズン中の6月に移籍後、圧倒的な投球を見せた1984年のリック・サトクリフを除けば、サイ・ヤング賞を受賞した先発でイニング数が少なかったのは2018年のブレイク・スネルの180回2/3、2014年のクレイトン・カーショウの198回1/3(ストライキやパンデミックによる短縮シーズンは除く)。最近では投手の貢献度を測るさまざまな指標が生まれ、イニングを稼ぐことが以前ほど重視されていないとはいえ、先発である以上、既定投球回数にも満たないのはやはり大きなマイナスになるだろう。
投打の貢献を総合してMVP最有力候補なのは妥当だとしても、サイ・ヤング賞の基準はあくまで投手としての働きのみ。二刀流であることが、投手としての評価の助けになるべきではないのは当然である。
最終的に150イニング程度の投球回数で終わるとすれば、より圧倒的な成績が必要になる。だが、8月19日時点の『Baseball-Reference』のWARで大谷の上をいく、ロビー・レイ(ブルージェイズ/9勝5敗、137回1/3で防御率2.88)、ランス・リン(ホワイトソックス/10勝3敗、123回2/3で防御率2.26)、ゲリット・コール(ヤンキース/11勝6敗、136回で防御率3.04)らを捉えるのは簡単ではない。
もっとも、たとえ有力候補とまではいかないとしても、地元メディアからそんな声が出始めていること自体が、大谷がとてつもないシーズンを過ごしていることの証明ではある。イニング数は少なくとも、インパクトは抜群。現在、アメリカのファンを大谷以上にワクワクさせている選手はいない。
そして今後、さらにとてつもない投球を続け、上位との差を詰めていってほしいものだ。疲れも出始める終盤戦にそれをやるのは極めて難しいが、最近の大谷のピッチングの充実度を見る限り、至難の業を実現させても驚くべきではないように思えてくる。