サルの1種であるスローロリスは、毒を生成する能力を持っていますが、ヒト・イヌ・チンパンジーといった多くの哺乳類は毒を生成する能力を持っていません。そんな中、沖縄科学技術大学院大学(OIST)とオーストラリア国立大学の合同研究チームが、哺乳類にも毒の生成に関連する遺伝子が存在していることを発見し、研究論文を米国科学アカデミー紀要(PNAS)に掲載しています。

An ancient, conserved gene regulatory network led to the rise of oral venom systems | PNAS

https://www.pnas.org/content/118/14/e2021311118



ネズミもヘビのように毒をもつ可能性があることが明らかに | 沖縄科学技術大学院大学 OIST

https://www.oist.jp/ja/news-center/press-releases/35992

OISTによると、動物が毒を体外に出す手段のうち、噛むことで毒を注入する「経口システム」に関する研究は数多く行われてきたものの、これまでの研究では「毒を構成するタンパク質を生成するための遺伝子」が着目されていたとのこと。今回新たに発表された論文の筆頭著者であるアグニーシュ・バルア氏は、「今日見られる毒物に含まれている毒素の多くは、口から毒を出すシステムがすでに確立された後に組み込まれたものです。私たちは、毒の起源の前に存在していた遺伝子、つまり毒を出すシステムの出現を可能にした遺伝子に注目する必要がありました」と述べ、今回の研究では「毒を構成するタンパク質」ではなく、「毒を生成するシステム」に着目したことを強調しています。

研究チームは、毒を生成するシステムに関わる遺伝子を特定するために、沖縄に多く生息しているマムシ科のヘビ「タイワンハブ」の毒腺に関わる遺伝子を分析。その結果、タンパク質の生成によるストレスから細胞を守る「小胞体ストレス応答」と呼ばれる仕組みに利用される約3000種の遺伝子の特定に成功しました。



また、ヒト・チンパンジー・マウス・イヌといった哺乳類のゲノムを解析したところ、タイワンハブで発見された遺伝子と似た機能を持つ遺伝子を発見したとのこと。さらに、哺乳類の唾液腺組織を調べたところ、発見された遺伝子がタイワンハブの毒腺と同様の活性化パターンを示すことが明らかになりました。



上記の発見から研究チームは、哺乳類の唾液腺とヘビの毒腺は機能的に共通する起源を持ち、哺乳類と爬虫(はちゅう)類の系統が分裂してから数億年が経過した現代でも、その共通部分を持ち続けていると推測しています。バルア氏は「今回の研究結果は、毒腺が初期の唾液腺から進化したという説を初めて裏付ける本当に確かな証拠です」と述べています。

バルア氏によると、「オスのマウスが唾液中に産生する化合物をラットに注射すると、強い毒性を発揮する」という研究結果が1980年代に報告されていたとのこと。バルア氏はその研究結果と今回の研究結果から、「特定の生態学的条件の下で、より毒性の強いタンパク質を唾液中に生成するマウスの方が繁殖成功度が高ければ、数千年後には毒マウスが出現するかもしれません」と、毒を生成する能力を持ったマウスの出現を予測しています。

また、ヒトが毒生成システムに関連する遺伝子を持っていることから、バルア氏は「『毒のある人』という言葉の意味が大きく変わってしまうことは間違いありません」とOISTに対して語ったとのことです。