橋下徹「山P"未成年と飲酒"事件の問題点はここだ」
■未成年者が酒を飲んだら罰せられるの?
ジャニーズ事務所のタレント山下智久さん(山P)が未成年者と飲酒した、と週刊文春が報じたことで、山下さんはタレント活動を自粛することになった。うちの子どもたちも関心を持っているようなので、このたびの“文春砲”とその影響を題材に、即席でリーガルマインド(法的思考)の授業を開いてみることにした。
僕はまず、
「未成年者が飲酒をしたら罰せられるのか?」
「そのとき一緒にいた大人はどうなるのか?」
こう子どもたちに問うてみた。
子どもたちは「そりゃ罰せられるでしょ。未成年者が酒を飲んだらあかん。その場にいた大人も一緒」と答えた。
(略)
僕はしつこく「道徳的にあかんということと、罰則まで付けて法律で禁じることとの違いはないか?」と問うた。
もう子どもたちは、僕が何を聞いているかわからなくなっている。
僕は「人間のある行為を、罰則まで付けて法律で絶対に禁じる理由はなんやろ?」と誘導しにかかった。
子どもたちは「その行為はあかんことやから」とトートロジー(同義語反復)に陥った。
(略)
「道徳的にあかんことは世の中にたくさんある。その中から特にあかんものについて罰則を付けて禁じたものが法律。罰を付けるくらいやから、それは他人を傷つける行為(他者加害)について禁じるのを原則としている。殺人とか傷害とかね」
「未成年者が酒を飲んで誰を傷つける?」
子どもたちは黙ったまま。
■子どもたちに「お父さん凄い!」と言わせようとしたら……
僕は一気に答えを論じてしまった。
「未成年者が酒を飲んでも他人を傷つけへんやろ。自分を傷つけるだけや。これを自己加害っていう。だから本来は法律で禁じるものではない」
「そやけど、国が未成年者を『守る』という思想で、未成年者の飲酒を禁じる法律を作った。ここでの注意は未成年者を罰するためではないということ。未成年者を『守る』ことが目的だから、未成年者本人は酒を飲んではダメだよというルールを一応作ってあるが、それに反しても罰則の適用はない」
「ただし未成年者を『守る』目的から考えて、親が子どもの飲酒を止めなかったり、営業者が未成年者に酒を販売したりした場合にはそれら子どもの周辺の大人たちに罰則の適用がある」
「そもそも未成年者が酒を飲む行為自体に罰則をつけて禁じるものではないので、周辺の大人たちを罰するのもここまで。一般の大人たちまで罰則の適用があるわけではない」
「だから山下さんは法律違反ということではないんや」
子どもたちは「へーーー」と、感心した顔をしてくれた(笑)
(略)
「ただこれは法律上の話であって、タレントはイメージがすべてだから、そのイメージを守るためにジャニーズ事務所がどのような処分を下すかは別の話。もちろんやり過ぎな処分の場合は問題になるけど、CMスポンサーに対する配慮などで、事務所が厳しい処分を下す場合はある。どのような処分を下すかはジャニーズ事務所にも営業の自由がある」
「それと、未成年であることを知った上で、その女の子に変な性的なことをやった場合には、これは淫行条例違反などで罰則が適用される場合があるけど、ここはジャニーズ事務所への忖度なのかメディアがあまり取り上げていないわな」
(略)
さらに調子に乗って
「未成年者の飲酒は他人を傷つけないので、未成年者本人には罰則の適用がないということを話したけど、それは自殺が罰せられないのと同じなんや」
と深入りの話を加えて、「なるほど。お父さん凄い!」と子どもたちに言わせてやろうと思った。
そうしたら子どもたちが「未成年者の飲酒の場合には、未成年者にお酒を飲ませた親や営業者が例外的に罰せされて、一般の成人は罰せられないのに、自殺の場合には、自殺を助けた人は自殺ほう助罪ですべて罰せられるやん? こないだそういう事件があったよね。そもそも未成年者飲酒は、罰則がないにせよ本人には飲酒をしてはいけないという法律上のルールがあるのに、自殺には本人に自殺をしてはいけないという法律上のルールはないよね。その違いは?」と迫ってきた。
(略)
こりゃ、教えるということは本当に大変だ。
■司法試験、司法研修で身につけた「リーガルマインド」とは何か?
未成年者の飲酒は良いことではない。世間では「悪いこと」に位置づけられている。悪いことだとなれば、当然そこに一緒にいた大人も悪いことになる。だから山Pは悪い。
これが一般的な考え方だろう。
しかし、未成年者の飲酒は法律で禁じて罰則を付けるようなことなのか?
この問いに答えを出そうとすると、「そもそも」罰則を付けて法律で禁じるのはなぜなのだろう? と一段上にさかのぼって、そもそも論を展開する必要がある。
これを僕ら法律の世界では「リーガルマインド」という。
日常生活でも仕事でも、目の前の事象についてどう対応すればいいか迷うときは何度となくある。
ルールがはっきりあればそれに従えばいいが、ルールが明確でない場合にどうすればいいか? またルールがあったとしても、そのルールが本当に正しいのか疑問を抱く場合にはどうしたらいいのか?
それには論理的に一段上にさかのぼって「そもそも論」を展開し、そこから答えを引き出してくればいい。このようなリーガルマインドを徹底的に習得させられるのが、司法試験でありその後の司法研修である。
「どう答えを出していいかわからないときに、一定の答えを出す力」と言ってもいいだろう。
現代国家日本には無数の法律があるけど、それでも世の中のあらゆる事象を解決できるものではない。これだけ無数に法律があるのに、世の中にはどう解決していいのかわからない問題が次から次へと出てくる。
(略)
だから現実の事象を目の前にしてどう解決していいかわからなくなったときに、今ある法律をベースに一段上にさかのぼって、「そもそもその法律はどういう目的で作られたのかという『そもそも論』」を展開し、そこから解決策を導くのがリーガルマインドというものだ。
この力は僕が知事、市長、国政政党の代表という政治家のときには大いに役立ったし、何よりも、今、無責任なコメンテーターとしてメディアで持論を展開するときに、大いに役立っている。
ほんと司法試験の勉強をしていてよかったと、しみじみ思うね。
(略)
(ここまでリード文を除き約2500字、メールマガジン全文は約7000字です)
※本稿は、公式メールマガジン《橋下徹の「問題解決の授業」》vol.213(8月25日配信)の本論を一部抜粋し、加筆修正したものです。もっと読みたい方はメールマガジンで! 今号は《【わが家のリーガルマインド教室《基礎編》】子どもたちと激論! 未成年飲酒で山Pの責任は? PCR検査はどこまで拡大するべきか?》特集です。
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橋下 徹(はしもと・とおる)
元大阪市長・元大阪府知事
1969年東京都生まれ。大阪府立北野高校、早稲田大学政治経済学部卒業。弁護士。2008年から大阪府知事、大阪市長として府市政の改革に尽力。15年12月、政界引退。
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(元大阪市長・元大阪府知事 橋下 徹)