大きな時代の変化を捉えられているかを把握するうえで、HIKAKIN氏を知っているか否かはひとつの指標といえる。

写真拡大

UUUM吉本興業の資本業務提携

「ゆでガエル」の理論は、科学的にそのような現象があるというよりは、人間の認知の癖を捉えて、それを伝えるうえで極めて有効なモデルである。

Nicolas Datiche/アフロ=写真
大きな時代の変化を捉えられているかを把握するうえで、HIKAKIN氏を知っているか否かはひとつの指標といえる。 - Nicolas Datiche/アフロ=写真

私たちはゆっくりした変化があるときに、それになかなか注目せず、さほど重要だとも思わない。そして、はっと気づいたときにはもう大きな時代の変化が起こってしまっている。

2020年4月末に発表された、ユーチューバーのマネジメント会社UUUMと、吉本興業の資本業務提携は、いつの間にか進んでいた時代の大きな変化が多くの人にとって可視化された、画期的な出来事だったと思われる。

この提携によって、吉本所属の芸人がユーチューブチャンネルを開設し、動画を出す際にUUUMの培ってきたノウハウが生きる。また、ユーチューバーと吉本芸人のコラボ企画が行われれば、さまざまな「シナジー」を図る動きが出てくるものと思われる。

背景にあるのは、「テレビからユーチューブへ」という時代の大きな変化と、それに伴う、「著名人勢力図」の書き換えという1つの革命である。

■今どきテレビなんか見てたら負け

しばらく前から、小学生、中学生、高校生あたりと話していると、「テレビは全く見ないし知らない」という層が増えてきた。一方、ユーチューブは見ているし、有名ユーチューバーは知っているのである。UUUMに所属している、HIKAKINや東海オンエア、フィッシャーズ、はじめしゃちょーといったユーチューバーは知っているけれども、テレビに出ている大物芸能人、タレントは知らない人がいる。そのようなかたちで、「地殻変動」が少しずつ起こってきていた。

それでも、「大人たち」の世界では、ユーチューブはまだまだ「新興勢力」という位置付けで、ユーチューバーも、「よくわからない」「得体が知れない」というような印象が強かったのではないかと思う。そんなふうに「大人たち」が油断しているうちに、革命は取り返しのつかないかたちで進んでいた。

19年あたりから、大物の芸能人やタレントのユーチューブ進出が目立ちだし、また、「子どもや若者はテレビを見ない」ということが、単に世間話ではなく、ある種の恐怖を持って業界関係者の口に上るようになり始めた。

最終的に大きいのは経済規模である。2019年には、ユーチューブを含むインターネットの広告費がテレビのそれを抜き、金額的にもネットがテレビから主役の座を奪った。

興味深いのは、例えばテレビで売れているタレントと人気ユーチューバーがユーチューブ上でコラボ企画を行う場合、その「力関係」においてはもはやユーチューバーのほうが「上」だということである。もともと、ユーチューブの熱心な視聴者である子どもや若者たちは、テレビの有名タレントがユーチューブに出てきても、「誰これ?」ということになりかねない。

結果として、UUUMのファウンダーであり、ユーチューバーとして活躍する一方で、最近は政府や地方公共団体のキャンペーンにも協力するHIKAKINのような存在が、テレビだけで活躍する芸能人、タレントを凌駕する「最強」の存在になるに至った。

注意して見れば、今も日本のさまざまな分野で「ゆでガエル化」が進行している。次に大きくなる「波」に乗るためには、変化の兆候をいち早く捉える必要がある。何よりも自らの「偏見」から解放されなければならない。

----------
茂木 健一郎(もぎ・けんいちろう)
脳科学者
1962年生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、同大学院理学系研究科修了。『脳と仮想』(新潮社)で第4回小林秀雄賞受賞。『幸せとは、気づくことである』(プレジデント社)など著書多数。
----------

(脳科学者 茂木 健一郎)