J.フロント リテイリングは新型コロナウイルスをトロイカ体制で乗り切る(撮影:今井康一)

大混乱期での経営トップ交代となった。

大丸松坂屋百貨店を展開するJ.フロント リテイリングは4月10日、山本良一社長(69)が退任し、後任にJフロント取締役で大丸松坂屋百貨店社長の好本達也氏(64)が昇格する人事を発表した。株主総会後の5月28日付で好本氏は社長に就任、山本氏は取締役会議長に就く。

「期せずして逆風下での船出となるが、当初から計画していた社長交代を実行することにした」

発表同日に開かれた記者会見の席上、山本氏は新型コロナウイルスが世界中を襲う状況下で新体制を発表した理由について、このように語った。

百貨店業界に吹くコロナの風

今回の経営トップ交代については、「そろそろだろうな、と多くの社員は見ていた」(Jフロントグループの幹部)という声が上がる。山本氏は2003年に大丸(当時)の社長に就任し、大丸と松坂屋ホールディングス(HD)が統合して誕生したJフロントの社長に2013年から就き、長期政権となっていた。

Jフロントは2017年以降、ラグジュアリーモールの「GINZA SIX」(ギンザシックス、東京・中央区)、松坂屋上野店南館跡地に建つ「上野フロンティアタワー」(東京・台東区)、大丸心斎橋店本館(大阪市)や渋谷パルコ(東京・渋谷区)の再開発といった大型案件を次々と手がけ、これらはいずれも2019年までに竣工した。

ところが足元では、百貨店業界に新型コロナウイルスが襲いかかっている。Jフロントも4月8日から大丸心斎橋店など9店舗の休業を余儀なくされている。

同社が4月10日に発表した2021年2月業績の通期見通しは、営業利益が前期比70%減 の120億円。大幅減益を見込むとはいえ、このシナリオは「上期に新型コロナ影響がピークアウトし、下期には上向いてくるだろう」(Jフロント)という、やや楽観的な見通しに基づいている。いずれ下方修正を迫られる可能性は否定できない。

このような先行きが見通せない時期に、好本氏は新社長に就任する。会見では、「新型コロナが収束し、本格的に事業が立ち上がる時期にしっかりと方向を示したい。その時期を見極めることが直近の課題だ」と語った。2020年いっぱいを準備期間に充て、2021年度から新しい中期経営計画を始動する算段だ。

5月末に発足するJフロントの新経営体制で見逃せない点は、大丸松坂屋百貨店の新社長と兼務で執行役専務に就く現執行役常務の澤田太郎氏(60)と、執行役専務に就く取締役執行役常務で現パルコ社長の牧山浩三氏(61)が取締役執行役専務として同時に就任することだ。山本氏は「好本、澤田、牧山の3人が中心となり、グループ経営を推進してもらいたい」と強調する。

リーダー牽引型からトロイカ体制へ

Jフロントではこれまで、トップによる強いリーダーシップの下で改革が進められてきた。2007年の大丸と松坂屋HDの統合を主導し、Jフロントの初代社長となった奥田務氏は、「脱百貨店」「流通革命」を掲げ、改革路線を突き進んだ。

2013年に後を継いだ山本氏も、大学時代にバスケットボール部主将としてチームをまとめた経験を生かし、経営トップとしてもリーダーシップを発揮。奥田路線を継承しながら、保育園事業などの新規事業を立ち上げた。だが、今後はこれまでのように1人のリーダーが牽引するのではなく、「トロイカ体制」で経営を進めることになる。


Jフロントの新社長に就任する好本達也氏(左)と、好本氏を支える澤田太郎氏(中央)、牧山浩三氏(好本氏、牧山氏の撮影は今井康一。澤田氏はJフロント提供)

新体制のポイントは何か。同社をよく知るアパレル関係者は、「好本氏は百貨店の現場に精通している。一方の澤田氏は企画畑出身。バランスがとれている」と指摘する。好本氏は大丸(現・大丸松坂屋百貨店)入社後、約20年にわたり主力の大丸心斎橋店で勤務した現場のたたき上げだ。同じく大丸入社の澤田氏は販促・企画畑を中心に歩み、経営戦略の立案に長けている。

そして、もっとも注目すべき点が、「牧山氏を澤田氏と同格の取締役執行役専務に据えたこと」(前出のアパレル関係者)だ。牧山氏はJフロント子会社でファッションビルを運営するパルコ社長を2011年から務めている。

「大丸松坂屋百貨店はリーシング(テナント誘致など商業用不動産の運営)力が比較的弱い。一方のパルコは不動産事業を長年手がけている。Jフロントは牧山氏のノウハウをフル活用したいのだろう」と、このアパレル関係者は見る。

構造的不況に陥っている百貨店業界においてJフロントは、自ら商品を仕入れて売る従来型百貨店のビジネスモデルではなく、テナントからの定期的な賃料で利益を得る不動産ビジネスに切り替えてきた。

安定収益源の確保により、新型コロナの影響が終盤に出た2020年2月期も、営業利益は402億円と前期比1.5%減にとどまった。この点、大幅減益計画の三越伊勢丹ホールディングス(3月期決算)とは対照的だ

不動産ビジネスでは、十分な収益を上げることができないテナントは賃貸料を負担できずに赤字となり、違約金を支払ってでも契約期間終了前に撤退するケースがある。ただ、Jフロントはこれまで進めてきた不動産事業を一層推進していく考えで、そのカギを握るのが不動産事業に長けたパルコになりそうだ。

グループの成長を左右するパルコ

山本氏は「グループ成長の次のカギはパルコ」と断言する。
Jフロントはパルコを2012年に連結子会社化。完全子会社化を目指し、2019年12月にTOB(株式公開買い付け)を実施、2020年2月に成立した。

パルコはもともと、故・堤清二氏が率いたセゾングループの傘下企業だった。時代を先取りしたファッション・ライフスタイルの提案を武器に、若者層の支持を得た。特に、1973年に開業した渋谷パルコは、劇場や音楽、アートの分野で新しいカルチャーの提案を全面に打ち出した。

Jフロント傘下になってからもパルコは存在感を放ち、2017年開業の上野フロンティアタワーでは、中年層をメインターゲットに据えた派生業態「パルコヤ」をオープン。大幅改装して2019年11月に開業した新生渋谷パルコは、任天堂の直営ショップやエンターテインメント性の高い専門店を充実させた。2020年秋に新装開業する大丸心斎橋北館にも、パルコが主要テナントとして入居する計画だ。

魅力的な商業施設に特徴があるパルコの強みをグループ経営に生かすべく、好本氏、澤田氏、牧山氏の3人はこの半年間、1〜2週間に一度のペースで開催する「トップマネジメント会議」と称する会合で、今後のグループ経営の方向性について議論してきたという。

牧山氏は会見で「パルコはよりパルコらしくありたい。そういう思いでいっぱいだ。不動産開発についてはパルコが中心になって運営し、最高のコンテンツを提供していきたい」と語ったが、パルコを軸としたJフロントの行く道は決して平たんではなさそうだ。