ダイドーの自販機に設置されている「レンタルアンブレラ」。無料で借りることができる(筆者撮影)

今の季節、何よりの問題が傘である。井上陽水も歌っていたけれど、駅に降り立って外は雨降り傘がない、となれば実に厄介だ。そして梅雨どきとしばしばゲリラ豪雨に見舞われる夏は、こうした問題が意外と頻繁に発生する。


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で、結局困り果ててコンビニや駅の売店でビニール傘を買い求め、それだって気がつけばどこかに忘れてしまってまた同じことの繰り返し。なかなか悩ましいものだ。

そんな、我ら庶民の大きな悩みを解決してくれるありがたいサービスがある。その名も「レンタルアンブレラ」。サービスを提供しているのはダイドードリンコ。あの自動販売機でちょっと変わった飲み物を売っているダイドーである。

全国で約500台の自販機に設置

そしてこの「レンタルアンブレラ」の何よりうれしいところは、“無料”であること。ダイドーの自販機の横に取り付けられたアンブレラBOXに刺さっている傘を、タダで借りていくことができるのだ。設置場所は関東地方で約190台、関西地方で約150台など、全国で実に500台ほど。急な雨降りには、とってもありがたいサービスなのである。

でも、タダだったらダイドーにとっては何の利益にもならないし、それどころか傘を返さずにそのまま盗られてしまうリスクだってある。このサービス、いったいどうして始めたのだろうか。

「このレンタルアンブレラは2015年、大阪エリア限定でスタートしました。おかげさまでご好評をいただいたので徐々に展開エリアを拡大し、今年からは福岡・山梨・長野・新潟でも開始。全国16都道府県で展開しています」

こう説明してくれたのは、ダイドードリンコの多田元樹さん。広報・CSRグループのリーダーで、この「レンタルアンブレラ」も担当しているという。

「きっかけは、弊社の営業スタッフの提案でした。いつもご利用いただいているお客様や地域の方々に少しでも喜んでいただけないか、といつも自販機を回っているスタッフが思いついたもの。もちろん、盗られてそのままになる可能性もあるので、まずは大阪で試験的にスタートして、思った以上にいい結果が得られたのでエリアを拡大してきた次第です」

気になる“返却率”だが、明確なデータがあるわけではないが7割ほどの傘が戻ってきているとか。


自販機の側面に設置されたレンタルアンブレラのボックス(筆者撮影)

「設置場所にも工夫をしています。そこに必ずまた戻ってくるような人が多い場所、ですね。たとえばオフィスビルの中にある自販機ですとか、住宅街の駅前ですとか。帰宅途中に最寄り駅で降りたら雨が降っていた、なんてときにレンタルアンブレラを利用して、次の日の出勤途中に返す、みたいな使い方を想定しているわけです。また、最近ではコインパーキングに設置するケースも増えています。クルマから降りて用事を済ませたらまた駐車場に戻ってくるので」

なるほど、設置場所の工夫ひとつで返却率をある程度高めることができるというわけだ。ちなみに、たとえば新宿歌舞伎町や大阪・ミナミの繁華街のような場所には設置していないとか。当初ミナミに設置していたところ、「返却率がかなり低かった」そうだ。

傘は「電車の忘れ物」を利用


レンタルアンブレラの傘は電車内の忘れ物も再利用している(筆者撮影)

そして、このレンタルアンブレラにはもうひとつの特徴がある。それは「電車の忘れ物傘」を再利用しているという点だ。現在、忘れ物傘を提供しているのはJR東日本・西日本、近鉄、名鉄、西武、東急、東武の7社。この各社で発生した忘れ物の傘を、レンタルアンブレラBOXに格納する貸出用傘として活用しているのだ。

「こちらから積極的に傘の提供をお願いしたわけではなく、構内に自販機を置かせていただいたり、飲料を提供したりしている関係でつながりがあることから、それを通じてお話しさせていただいている程度です。でも、どの事業者さんも忘れ物の傘の扱いには苦慮されているようで、快くご協力いただいています」


持ち手には小さく「DyDo」のロゴと「レンタル傘」の文字が入る(筆者撮影)

この忘れ物傘の再利用、実際に多田さんをはじめとするダイドーのスタッフが実際に各鉄道会社に出向き、ふさわしい傘を選ぶ作業をしているとか。骨が折れかかっていたり、サビていたりする壊れかけの傘はもちろん使えない。ビニール傘のような壊れやすい傘も同様だ。さらに持ち手の部分がまっすぐなタイプはBOXにかけることができないのでNG……と、条件を満たす傘を選んでメンテナンス、そして持ち手に「レンタル用」「DyDo」のロゴシールを貼り付けて利用しているという。

「忘れ物以外の傘でも弊社のロゴを小さく入れる程度にしています。広告宣伝が目的なら大きくしてもいいのですが、レンタルアンブレラは地域への貢献が基本的な目的ですから」

では、困ったときのために設置場所を教えてもらいましょう……。

「あ、残念ですが、それはお話できません」

やっぱり盗られるから?

「いえ、約500台という設置数はなんとなく決まっているのですが、設置場所は固定ではないんです。ご利用の状況などを鑑みて、営業スタッフの判断で場所を変更することもありまして」

「より便利な場所に」模索

これこそが、ダイドーの誇るキメの細かさ。全国の営業所のスタッフは、それぞれの担当エリアをくまなく周り、自販機ごとの特徴を誰よりも理解している。そのスタッフたちがレンタルアンブレラの管理も行っているのだが、利用状況や返却率などを踏まえて随時“より便利な場所に”とサービスの向上を目指して模索を続けているのだとか。

「営業車には補充用のドリンクや自販機の掃除用具はもちろんですが、レンタルアンブレラの予備もちゃんと積んでいて、様子をみて補充したり壊れている傘があればピックアップしたりしています」

実はダイドー、その売上の大半を自販機が占めているのだという。新入社員はみな“自動販売機はショーケース”と教育され、そのケアの大切さを叩き込まれる。そんなスタッフたちが、レンタルアンブレラも丁寧にケアをしているのだから、そのサービスの充実ぶりたるや、推して知るべしである。

「今後の展開についてははっきりとしたことは言えませんが、『おかげさまで雨に濡れずに済んで助かりました』といった声をお客様からもよく頂いています。地域の方々に喜んでいただけることがわれわれにとって大きなことですから、こうした地域貢献のサービスはレンタルアンブレラに限らずこれからも積極的に取り組んでいきたいですね」

自販機のダイドー、恐るべし。そして、このレンタルアンブレラ、雨に悩まされる今の季節、見かけたら喜んで使わせてもらいたいものだ。もちろん、後日ちゃんと返しにいくことを忘れずに。