あのサイゼリヤ、新業態「500円パスタ」の正体
サイゼリヤが展開するワンコインパスタの「スパゲッティマリアーノ」(筆者撮影)
外食産業では、女性の視点を意識することが繁盛のコツといわれる。少なくとも、女性に「いいお店」と思ってもらわないと、グループ客も、カップルも、女性同士の客も取り込むことができない。リピート客を獲得できないどころか、口コミやネット、SNSで評価が下がってしまう可能性もある。
女性客にも受けのよいランチの店は少ない
ただし実際には、女性客にも受けのよい「安くておいしい店」というのは少ないようだ。特に、女性にとって使い勝手のよいランチの店というのがなかなか見つからない。もちろん女性でも、1人で牛丼チェーンやラーメン屋にどんどん入る人も増えているが、「空腹を満たすだけでなく、雰囲気も大事」という女性はやはり多いのだ。そうするとパスタとサラダ、飲み物で1000円ぐらいはかかってしまうのが普通だ。ここに、ランチにおける男女格差が存在する。
もちろん、これは飲食チェーンにとって差別化を図るための狙い目でもあるから、近年、状況は少しずつ変化してきている。スープやワンコインピザ、和食、うどんのチェーン店など、安くて女性が1人でも入りやすい種類の店も増えてきた。
サイゼリヤも、そうした方針を取り入れたチェーンの1つ。サイゼリヤといえばもともと財布に優しいイタリアンというイメージが定着しているが、価格をもう1ランク低くし、ワンコインで食べられる新業態「スパゲッティマリアーノ」を2016年7月に立ち上げた。サイゼリヤにとっては初めての新業態と思いきや、実は10年以上前から、ハンバーガー、タコス、サンドイッチなど、さまざまな業態の模索を続けてきていた。スパゲッティマリアーノの前身「マリアーノスパゲッティ」も、そうした試行錯誤の1つだった。
そうしたなかで、新スパゲッティマリアーノは、現時点で都内に3店舗、同社の新業態としては初めての成功例となった。1号店である茅場町店のオープン時は、最小限の宣伝しかしてないのにもかかわらず大きな反響があったという。
業態開発部長の千代川聖氏(筆者撮影)
業態開発部長の千代川聖氏は「オープン前からズラッと行列ができて、『キターッ』という感じでした」と当時の思いを表現している。客数は旧マリアーノスパゲッティの2倍となり、「新業態がやっと土俵に乗った」(千代川氏)感があった。これまでとの違いはどこにあったのだろうか。
「あるデータによると、女性がランチで外食を利用するのは週に1回で、後は手作り弁当やコンビニを利用している。つまり、昼に女性が入れる店は高いから、週の大半は外食できないのが現状です。そこで、ワンコインで、男っぽくなく、スタイリッシュに食べられるランチの店をつくりたいと考えていました。ただし飲食店では、『ターゲットは女性』とはっきり打ち出しているところは、実は少ないんです。スパゲッティマリアーノでは、思い切って女性路線に舵を切ったところがよかったのかなと思います」(千代川氏)
千代川氏がまず腐心したのは、店の雰囲気、見た目だという。白と木目を基調に、明るく清潔感のあるインテリアとした。実際に見ても、女性も躊躇なく入ることができ、ランチのひと時をくつろいで過ごすことができそうだ。
専門店と同じフレッシュさが売り
より“できたてのフレッシュ感”を演出できるように工夫している(筆者撮影)
メニューではサイゼリヤの素材、ノウハウを用いながら、よりスピーディに出せるようなオペレーションを検討。具体的には、ゆでたスパゲッティとソースを炒め合わせる方式で調理する。ソースをスパゲッティの上にかけるより、素早く提供でき、しかも味や香りが引き立つのだという。
さらに、より“できたてのフレッシュ感”を演出できるよう工夫を加えた。たとえば、香りのある具材、調味料を用いたり、生のハーブをトッピングするといったことだ。
「テイクアウトできるスパゲッティはこれまでになかったので、差別化のポイントとなります。その意味ではコンビニがライバルとなりますが、コンビニのスパゲッティは電子レンジで加熱する前提なので、青いものが使えない。うちでは専門店と同じフレッシュさを売りにしていきます」(千代川氏)
また、第2の訴求点がヘルシー志向だ。ただ現在では、健康やダイエットのためにロカボ食が奨励されているから、炭水化物がメインであるスパゲッティは少々旗色が悪い。
「そのため、炭水化物ガッツリではなく、野菜や肉、魚介などの具材をしっかり取れるようにしています。毎日食べることにより、体が軽い、調子がいいと思っていただけるようなヘルシーな食事を目指しています」(千代川氏)
そのほか午前7時〜11時のサービスとして、野菜と豆乳のポタージュスープの提供を開始し、ヘルシー路線を強調している。定番のコーンポタージュと、月〜金の日替わりで5種類を用意。スープだけで200円、パンとのセットで280円と、朝食には手頃な価格だ。
「体に優しい、クセになると反響は上々です。やはり女性が80%。逆に男性では、健康志向の強い方が利用されているということでしょうね」(千代川氏)
これまでに日本橋茅場町店、末広町店、芝浦シーバンス店の3店舗を展開。それぞれ客層が異なるが、オフィスビルの一隅にある芝浦シーバンス店は、席数90に対し、日に400人程度の客入りがあり、そのうち320〜330人程度がランチ時間に集中する。女性の利用率が50%と、狙いどおりの結果だという。
ランチ時間に集中する客を100%取り込むため
またテイクアウトできることが同チェーンの大きな強みだ。芝浦の店舗ではテイクアウト率が40%ほど。ランチ時間に集中する客を100%取り込むために、今後さらにこの数字を伸ばしていきたいという。そのために不可欠なのがスピーディな提供だ。
券売機外観デザインやメニュー画像などにも気を使った(筆者撮影)
そこでマリアーノでは、スピード化、オペレーション効率化策として、タッチパネル式券売機による注文方式を導入。
「女性では使い慣れていない人が多いのではと懸念していました。また、殺風景な感じになってしまわないよう、券売機外観デザインやメニュー画像などにも気を使いました。結果、違和感なく受け入れてもらえたと思っています」(千代川氏)
注文の流れとしては、券売機で好みのメニューを選択、セルフ方式の飲み物を用意している間(セットメニューの場合)に、カウンターからスパゲッティとサラダが提供されるという具合になっている。行列さえなければほとんど待ち時間はない。
ただ、このムダのないオペレーションも、最初からできあがっていたわけではない。
「料理の提供の仕方など、一つひとつにおいてボトルネック(作業を滞らせてしまう要因)を分析していきました。スタッフの技量にかかわらず同じタイムで提供できるようシステム化しています」(千代川氏)
実際には、ランチ時には長い行列ができるので、並んでから食べ始めるまでに10分程度というところだろうか。ただテイクアウトの客にとって待ち時間は長い。並ばずに済むためのもう一工夫が必要なのかもしれない。
なお芝浦店では電話予約も可能なので、ランチ時間前に予約しておくとよい。
ちょい飲みやディナーのために利用できるスペースとして設定(筆者撮影)
なお、男性客50%という数字が意味しているように、女性目線を意識した結果、男性が利用しにくい店になってしまった、というわけでもないようだ。芝浦シーバンス店に関しては、エントランスに近いフロアでは女性に入店してもらいやすいよう、明るく開放的なインテリアとしているが、店内を進むと、実は奥の間が。こちらはブラウン系で照明もやや落とし、落ち着く雰囲気を醸し出している。観察したところ、心なしか店頭に近い場所より男性が多く見受けられる。もっとも、特に女性向け、男性向けと意識したわけではないらしい。
「アルコールも提供しているので、奥の部屋はちょい飲みやディナーのために利用できるスペースとして設定しています」(千代川氏)
また、普通サイズのパスタにサラダ、ドリンク(お変わり自由)のセットで500円だが、スパゲッティの量を2倍にしたダブルセットは600円と、男性でも安い価格で、満足できる量を食べられる。
今の飲食業界のキーワードをバランスよく取り入れて
スパゲッティマリアーノについて千代川氏は、「今期中(2018年8月まで)に2ケタを目指し、最終的には3ケタを目指す。ライバルはサイゼリヤです」(千代川氏)と語る。これは同社にしてみれば当然のことだそうだ。そもそも、10年ほど前、サイゼリヤが全国に700店舗を突破した頃に「第2、第3の柱が必要だ」という方針から新業態の模索が始まったためだ。
既存チェーンのライバルとなるにはまだ遠い道のりだが、新業態を始めたことによるメリットはすでに出始めているという。メニューやオペレーションに関するノウハウをお互いに持ち寄り、ブラッシュアップできるためだ。
「全国1000店舗あるサイゼリヤに対し、マリアーノは小回りが利き、いろいろと新しいことにトライできる。実際、スパゲッティの新しい調理法をフィードバックし、サイゼリヤでも2017年初頭から新しい方法によるスパゲッティを提供しています」(千代川氏)
女性目線、中食、ヘルシー、ワンコインと、今の飲食業界のキーワードをバランスよく取り入れながらスタートを切った同店。まずは目標の2ケタ台の展開まで、安定した運営を続けていけるかが勝負となる。