スポーツの世界でデータが利用される機会は増えており、Jリーグではトラッキングシステムが導入されリアルタイムで走行距離などを見られるようになったことは記憶に新しい。データの可視化や活用についてはまだまだ進歩の余地があるが、その中でも徐々に日本のスポーツ界にITの波は押し寄せている。

 そして、その一翼を担うことが期待されるのがオーストラリアに拠点を置く”Catapult”のGPSトラッキングシステムである。Jリーグでは柏レイソル、コンサドーレ札幌、横浜FCなどが昨季から導入をしているのだが、このほど湘南ベルマーレと京都サンガFC、清水エスパルスも同社と提携することを正式に決定した。

 

 

スポーツブラのようなウェアの背中部分に車の鍵サイズのデバイスを装着すると、衛星が機器の動きを追い、選手の動きをキャッチしデータベースに落とし込むというシステムだ。

 「同様の機器もいくつかあるのですが、それらはGPSを使って選手の位置情報を取って、移動した距離を測ります。通常、GPSはアメリカの衛星で使っているのですが、精度的には100cm程まで誤差が出るんです。ですが、弊社はロシアの衛星を使用していて、半分の50cmまで誤差を抑え、正確な数値で選手のコントロールが出来るんです。例えば、Jリーグはカメラで1人1人の選手をタグ付けして動きを追っているのですが、150cmぐらいの誤差が出ます。弊社のものは50cmで抑えられるので、最も精度が高いといえます。うちのデバイスは1秒間に10回は衛星とコミュニケーションを取るので、複雑な動きをしていても細かくトラッキング出来ます。他に違いとしてはデバイスの中にセンサーがあり、選手がどっちを向いているか、どういった傾きをしているかを把握できます。」

Catapultの日本法人でマネージャーを務める斎藤兼氏はこう説明する。高い性能でプレーヤーの細かな動きを検知することができるのだが、これによって図れる数値は非常に多岐に渡るのである。

細かな動きもキャッチできる

 

単純な走行距離を始めとし、スプリントの回数や距離、左右の方向転換、ジャンプの回数…など。その中で1つ1つの動きに対して“量”と”強度”の2つも数値化することができるのが大きな特徴だ。そして、集まったこの数値を元に選手個々の疲労度を測ることができ、負傷の要因を探ることも、それを予防することも可能となる。

「例えば、蓄積された疲労があって、そこで運動をしすぎたり、準備が出来ていないまま高強度な運動をしていきなり筋肉に刺激を与えたりすることが肉離れを呼びます。このデバイスを使えば“いかに準備が出来ているか”というのを数字で見る事が出来ますから、効果を発揮するんです。日本代表の岡崎慎司選手が所属するプレミアリーグのレスターは2015-2016シーズン、リーグで最も怪我人が少なかったチームでした。もちろん、うちのシステムが全てではないですが、”怪我のリスクを回避する”ことが可能だった1つの事例と言えるでしょう」

 

斎藤氏は怪我の回避、そして負傷の予防という点についてもこう続ける。

「目的としては、怪我を回避するというのと、パフォーマンスを維持させるということ。辛い時にも強度を保ってコントロールすることが出来ます。例えば1週間の選手の練習のデータを取っただけでも、昨日と比べたら今日はどうなのか、3日間の内どの日が1番頑張ったのか、というのが分かるんです。比較対象や評価基準がこのように新しくできてくると選手のオーバートレーニングを防げますし、選手の練習量の上限も段々と分かってくるので、“それ以上はやらせないようする”ということが出来るんです。チーム全体で数値を取っているので平均値も出ます。それに対して、計画していた走行距離がこのくらいで、実際にこれしか走っていない。ならば次の日はもう少し負荷を高くしよう、という形の調整が出来るんです」

 

数値が溜まって平均値が出ることで、“どれだけその日の練習がハードだったか”、というところに留まらず、“負荷をかけ過ぎずに、ハードな練習をどのくらい出来るのか”という部分も具体化され、最終的には怪我のリスクを減らす目分量がわかるのである。

実際のデータとして、NBAでCatapultのサービスを導入しているチームは、27%程前年度よりも怪我が減ったという報告が上がっている。 NHLの話になるが「怪我の数が少ないと勝利が多いという因果関係」も証明されているようだ。

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「ボリューム」「インテンシティ」「プレーヤーロード」

疲労が溜まることが怪我につながることは確かであるが、休ませる事が全てではなく、休ませすぎると逆に怪我のリスクが高くなることは自明の理だ。その中でどの程度の量と強度を練習でこなせば良いのか、という部分の指標を出せるのもこのデバイスの強みである。

「この表(下図)は怪我のリスクがどうなっているのかを示していて、赤のところがデンジャーゾーンです。ここは運動量(ボリューム)と強度(インテンシティ)が高いんです。ここにくると怪我のリスクが高くなります。通常の3.5倍になります。逆にボリュームかインテンシティのどちらかが高いと、通常より1.5倍です。最も危ないのが、当たり前ですがローボリューム、ローインテンシティ。2つが共に低いと怪我のリスクが7倍高くなるんです。つまり、運動量も強度も少ない練習をしているチームが怪我をするリスクが高くなるんです」

 

 

蓄積されたデータから弾かれた適切な強度と量を示すのが緑のゾーンであり、それを越えたり足りなかったりすると、徐々に色が赤みを帯びていく。この”デンジャーゾーン”に入ると怪我の危険性が高まるのだ。

この数値を見て選手が”どれだけ怪我に近いか”を把握できるのは、プロスポーツチームとして現場で結果を残すにあたり、非常に心強い。

 

そしてもう1つ。選手の状態やプレーを数値化するという意味で「プレーヤーロード」への言及は外せない。

これは“どれだけ選手が頑張っているか”を数値化したものだ。取る情報は、前後左右に対する加速の合計値であり、これを1つのアルゴリズムに入れる。例えば、単純に100メートルを全力疾走した選手Aと、100メートルを全力疾走する間、半分の50メートル地点で止まって腿上げ100回を入れた選手Bは、いわゆる走行距離を図れるシステムだと同等にカウントされる。しかし、当たり前だがより運動量が多いのは選手Bである。こういった様々な動きを加味して選手が発した労力を、プレーヤーロードは教えてくれる。

「選手によってプレーヤーロードは異なるんです。例えば1人が大柄な選手で、もう1人は小柄な選手だとします。シモビッチ選手(名古屋グランパス)と、大前元紀選手(大宮アルディージャ)だと仮定します。シモビッチ選手はプレーヤーロードが1試合走ったら600だとします。しかし、大前選手はシモビッチ選手と同じ走行距離だとしても細かい動きが多いので、プレーヤーロードがもっと高い650という数値が出るということもあるんです。センサーが細かく作動し、そこを加味するので1人1人の数値は変わってきます。動き方やプレースタイルによってそこも変わるので、選手間で比較するよりかは、選手のプレーヤーロードを長期的に取っていき、平均値を測ることで練習量をコントロールできるんです」

 

これを見れば右への方向転換が多いことがわかる

 

前後半のジャンプの回数。前半の方が数は多いが、後半の方が強度の高いジャンプを前半の倍以上こなしている。

 

1ヶ月の長期離脱は120万円の損失

提供するモノの質の高さは伝わっただろう。ただ、そこで気になるのが“お値段”の部分だ。当たり前だが、これだけのものを安価で利用することはできない。しかし、考え方を変えればこれも”高い投資”ではないように思える。その点について斎藤氏はこう語った。

「例えばJ1の平均で言えば、年俸は1人2,000万円ぐらいです。その2,000万円の選手が1カ月、怪我で離脱をしたらそれだけで120万円程の損失が出ます。そして、それはシーズンで1人だけとは限りません。2週間以上の怪我をする人数は平均で7人程度、いるんです。それだけで900万円以上の損失になる。私達のサービスを全部含めたら500万円程で済むので、このサービスを1年間チーム全体にかける事により、怪我のリスクを回避出来るといえるでしょう。それだけでも費用対効果があります。つまり、先行投資と考えてもらえば良いとチームには言っています。とはいえ、このマインドになるにはもう少し時間がかかるんじゃないかなと。やはり目の前の勝利に対してチームもプレッシャーも感じており、チームとしても短期的な目標が多い。長期的にもっと見ていくようになるべきなのかなとは思います」

 

欧州のクラブがチームにおける医療設備に投資する額は日本のそれを大きく上回ると言われており、トレーナーへの待遇も良ければ人数もかけると言う。それができるのも、チームの勝率に直結する投資という認識が強いからであろう。先に述べたように国内の複数クラブもシステムの導入を決定したが、そこで大きく成果が出ることを願って止まない。