将来は指導者も…パドレス斎藤隆氏が46歳でインターンシップになった理由
現役生活23年の名投手が見たもう一つの野球、“初オフィス勤務”は「すごく窮屈だった(笑)」
2015年を最後に現役を退き、昨年はサンディエゴ・パドレスでインターンとしてフロント業務について学んだ斎藤隆氏。今年からはパドレスのベースボールオペレーションアドバイザー兼パシフィックリムアドバイザーとして、球団経営やチーム戦略に本格的に携わっていくことになった。
野球選手としては、NPBで16年、メジャーで7年、合計23年というキャリアを積み、日米通算112勝96敗139セーブという輝かしい成績を残した斎藤氏だが、46歳にして“初オフィス勤務”を経験。慣れない名刺交換に始まり、毎日オフィスに通う日々を「すごく窮屈だった」と笑いながら振り返った。
「デスクワークがこんなにハードな仕事だとは思わなかったから、それを知れただけでも、この1年の意味があった。皆さん、よく『アスリートはしんどいね』と仰有ってくれるけど、いやいや何を(笑)。オフィスで仕事があるのも大変だし、ないのも大変だし。
最初は『やった、体動かさなくていいんだ』って、身体を動かせない時間がすごく幸せだったのに、デスクワークを始めて、ものの数週間で『何だ、この感じ? 体動かしたい?!』ってなりましたね(笑)」
パドレスでは、毎日球場にあるオフィスに勤務。毎年6月に行われるドラフトや12月に開催されるウィンターミーティングなどにも参加し、メジャーの現場を目の当たりにした。AJ・プレラーGMを筆頭とするフロントオフィス陣の仕事ぶりを至近距離で学び、「イメージ通りのところもあったし、いい意味での驚きもたくさんあった」という。
パ軍プレラーGMの仕事ぶりに驚愕「とにかく動いてる。想像を遙かに超えて忙しい」
「イメージ通りだったのは、野球を(現場とは)違う方面で支えている人たちの仕事の大変さ。トレードのデッドライン(通常毎年7月31日)が近づいてくると、ベースボールオフィス+監督で開くミーティングの数が半端なく多い。
同時に驚きだったのは、想像以上にGMがオフィスにいる時間がないこと。動いてる。とにかく動いてる。プレラーGMは特に現場に足を運ぶ人だから、まずオフィスにいることがほとんどないし、来てもずっと電話してましたね。相手は29球団のGMだったり、国際スカウト、アメリカ国内のスカウト…。彼の動きを見ているだけで、想像を遙かに超えて忙しいのが分かりましたね」
メジャー球団のGMは、数十億から数百億円の予算を使いながら、チームの強化・勝利を目指す大切なポジションだ。その仕事内容は、事業を拡大しようと努める企業の社長に似ている。上に立つ人間が求められるのは、即決・即断力だ。斎藤氏もまた、プレラーGMの決断力に驚かされたそうだ。
「彼の行動力や決断力は本当にすごい。あちらこちら動いていながら、かつ決断を迫られた時の答えを出す早さ。とにかく早い。限られた時間の中でチーム作りをするためには、間違いなく必要な資質ですよね。例えば、ドラフトの時、うちのチームはこの選手を指名しようと決めていたのに、直前に指名権を持つチームが先に指名してしまうことがある。そうすると、ホンの数十秒で『じゃ、この選手』って決めるわけですよ。
さらに、彼が素晴らしいのは、時間がある時はとにかく人の話に耳を傾けること。スカウトの話をよく聞くし、僕の話もすごく丁寧に聞いてくれる。ただ聞いてくれる分、求められるのはディテール(詳細)。『君がそうに思う理由はなんだ? どんな情報を根拠にそういう意見にたどり着いたんだ?』って聞かれる。彼の姿に学ぶことはすごく多いですね」
デスクワークの日々を過ごす合間には、サンディエゴから車で2時間離れたカリフォルニア州レイクエルシノアにある傘下1Aチームに視察・マイナー球団経営の勉強に出掛けた。同じく傘下マイナー施設があるアリゾナでは指導することもあり、日本でもメジャーでも実績を積んだ斎藤氏が与えるアドバイスは、的を得ていて分かりやすいと高評価を受けた。
新人研修初日でいきなり「リーダーシップ論」の講義
「1Aには去年は15回ほど行きましたね。メジャーのホームゲームがない時に、オフィスを4時くらいに上がって、車で2時間ドライブして。アリゾナにある球団施設にも、スプリングトレーニングとシーズン中、そして秋季リーグと計3回行ったかな。アリゾナは片道6時間のドライブ。よく行きましたね(笑)。
今はいろいろな角度から野球を学びたくてフロントオフィスの勉強をさせてもらっているけれど、僕は将来的にグラウンドに立つことを全く拒否したわけではない。そこにいずれ行きたいと思うし、自分が一番得意なところだと思う。ただ、こうやってメジャーのフロントで働かせてもらえる機会はそう巡ってくるものではない。なので、今はフロントという立場から見る野球を学んでいきたいですね」
ドラフトされたばかりの選手が集まる新人研修(ウインターワークアウト)に参加した時には、その研修内容に日米の違いを見たそうだ。
「プロに入って最初に受ける研修で受ける講義が『リーダーシップ論』。新人にいきなり『リーダーシップとはなんぞや?』というのを学ばせるんですよ。1週間のミニキャンプのうち初日だけじゃなくて2日目も。まだプロとして一度もプレーしたことのない、今後どう成長するか分からない新人にそういう研修をすることに、最初はすごく違和感を感じた。でも、いきなり本質を突くというか、超ド直球でど真ん中をついてますよね。
日本だったら、研修で教わるのは、メディアの対応だったり、先輩後輩の礼儀だったり、球団の訓示だったり。そうじゃなくて、リーダーシップ論。1人1人に『自分がチームを引っ張っていくんだ』っていう意識付けをさせる。彼らは集まった新人の中から1人でも多くの優秀なプレーヤーを輩出したいから、選手育成のスタートをリーダーシップ論で切るんですよ。
メジャーで監督をする人の中には、選手として実績のなかった人がたくさんいる。マイナーでキャリアを終えた人もいる。それでも名監督が生まれる背景には、新人の頃からリーダーシップについて意識させる育成方法があるからだと思うんです。日本とアメリカの文化の違いかもしれないけど、面白いでしょ」
今年はパシフィックリム(環太平洋)地区のアドバイザーとしてスカウト活動も学んでいくという斎藤氏。選手時代に日米両国でプレーした経験、そして今フロントとして野球と接している経験は、自身の財産となるだけではなく、将来的には日本球界にも還元され、さらなる発展に向けての力になるに違いない。