セルム 代表取締役社長 加島禎二氏

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「自分が会社の経営のことを考えるなんて先のこと」と、たかをくくっていると出世や抜擢のチャンスを逃すかもしれない。すでに大企業では、密かに若い幹部候補を選抜し始めている――。

■海外で活躍できるリーダーが不足

「本当にこれをやりたいと思っているの?」「いまの話では全然伝わらない!」「論理矛盾がひどすぎる!」――企業研修の会場に響き渡る講師の言葉。それは、叱責ともとれるような厳しく、激しい口調だ。

講師は外資系コンサルティングファームとグローバル企業のトップ経験者。参加しているメンバーは、課長以下の比較的若い社員たち。ダメ社員の集まりか、といえばそうではない。大企業で働く、選りすぐりの有望株たちだ。

ではなぜ、優秀な社員が激しく突っ込まれているのかというと、そこは将来のリーダー候補、経営者候補を見出す場、つまり選抜研修の場だから。

企業のニーズに応え、この選抜研修を手がけているのは、人材開発に長年実績があり、特に次代を担う経営者の育成支援に力を入れているセルム。同社の主要顧客には、メガバンクをはじめ日本を代表する大企業の名がズラリと並ぶ。じつはいま、大企業にとって、未来の幹部候補の発掘が喫緊の課題になっているというのだ。同社の加島禎二社長は次のように説明する。

「国内市場が成熟し頭打ち感が高まる中で、日本企業の目は自然と海外へ向くようになりました。しかも近年は、調達、製造、販売というサプライチェーンすべてを海外に持っていく形が増えてきたことが大きな変化です。したがって、ヒト・モノ・カネすべてをマネジメントできるリーダーや経営者が質・量ともに明らかに足りなくなっているわけです」

海外で事業展開をするとなると、従来の国内型システムや慣習が通用しないという側面も生じる。

「つまり、いきなり海外でリーダーシップを発揮しろと言っても、知識ではなく経験が足りなくて無理という現状がある。経験を積むには時間がかかる。だから有望な人材を若いうちから発掘し、チャレンジングな経験を積ませる必要性があるのです」(加島氏)

冒頭で紹介した、選抜研修での講師による挑発的な言葉も、その厳しさを伝えたいがためのこと。

「選抜研修に集まる人は、比較的ほめられて育ってきている。だから『海外へ行ったらこんなものじゃない』『修羅場では、いまのあなたじゃ通用しない』ということを、擬似的にでもわからせてあげないといけません」(同)

■泥水を飲める人

加島氏は、いま日本企業が渇望しているリーダー候補像には、ある共通点があるという。それは「苦労を買って出ることができ、リスクを取ってチャレンジする人」、いわば“泥水を飲める人”だ。日本の常識が通用しない海外で、グローバル企業と渡り合わなければならないのだから、いまの仕事で成果を挙げているというだけでは通用しないというのもうなずける。

ただ、そうなると、本部が把握している目標管理シートや、階層別研修でたまに本社を訪れるといった程度の情報だけでは人物をはかることができない。部長クラス以上ならいざ知らず、毎年100人を超える新入社員が入社するような会社では、課長以下の若い社員の中に、どんなポテンシャルを持った人材が、どこにいるのかわからないというのが実状だ。そこで若い社員と日々直に接している職場の責任者クラスに有望な人材を推薦してもらい、それらを集めて選抜研修を実施し、将来のリーダー・経営者候補を見極めようというわけだ。人材発掘の可能性をより高めるため、自己申告で立候補させ、論文・面接などの審査を経て候補を選ぶ方法を併用している会社もある。

「現場から選ばれやすい人は、目上の人と話しているときに『こいつは視点が事業レベル、経営レベルで話しているな』という“視点の高さ”を感じさせる人。それは上司なら常々感じているはず。また、ふだん話をしていて、スムーズにメッセージが伝わってきやすい人は、周囲の評価や期待値も高くなります。意外なことに、周囲から好かれるタイプの人ばかりでなく、けっこう尖っていて、敵も割と多いような人も選ばれます」(加島氏)

■頭やハートじゃない問われる“胆力”

そうして集められる社員の数は20人前後。研修期間や内容などは会社によって異なるが、図に示したプランが代表的な一例だ。通常の仕事をこなすことを前提に行われるので、実施期間は10カ月と長いが、その中で1泊2日の集合研修が10回前後行われる。

 

肝心の研修内容は、前半では自分の会社のDNAをディスカッションして言葉に出したり、経営の知識やリーダーシップについてインプットする。講師が一方的に話をすることはない。「競合するA社がこうした戦略をとったら、あなたならどうしますか?」といった意見が求められたり、グループで議論するといった形で進められる。

「実際にやってみると、競合他社の優れた点はおろか、自社の優位性も言葉にできない人が圧倒的に多い」(加島氏)

また、研修には自分の会社の役員たちも数多く参加する。そこで会社の歴史の神髄に触れたり、経営陣と対話する機会を何度か経ると、意識がガラリと変わるようだ。

研修の後半は、自社の競争力向上をテーマに、事業戦略、あるいは新規事業のプランを作るというアウトプット型の研修に進む。集合研修以外の日にやらなければならない課題も多い。「泥水を飲める人」かどうかのポテンシャルもここで明らかになる。

「マクロ環境のシナリオ分析では、研究機関や大学教授の下に足を運んだり、市場ニーズ分析ではアンケート調査も必要。もし自分の会社のシェアが2位だとするなら、1位の会社の顧客と自社の顧客に、何をポイントに選んでいるかをヒアリングすることも重要。そして経営陣を納得させるだけの材料を揃えることが要求されます。結果を見れば、どれだけこだわって調べたか、どれだけ自分の足や人脈を使って調べたか、いかに冷静に周りの声を拾ったかがわかる。頭とかハートではなく、“胆力”が試されます」(同)

研修の最後には、経営陣を前に、成果をプレゼンする。そして、研修全体を通しての評価がくだされる。若くして幹部候補として一気に注目を集める社員もいれば、ひとまず振り落とされる社員もいる。選抜研修は、あくまで人材発掘のきっかけにすぎないとはいえ、社員にとってはビジネスマンとしての未来を大きく左右されかねない、勝負の舞台ともなっているわけだ。

■▼セルム 代表取締役社長 加島禎二氏
会社は良い人材を見つけたくて必死。そのことを強く意識すべし!

当社が力を入れているのは、エリートの教育研修ではなく、経営人材、リーダー人材を発掘・選抜するための研修。最近5、6年は特に、多くの大企業においていい人材を見つけたいという機運の高まりを感じます。

ところが一般的な社員の側は、そのことをあまりにも意識しなすぎのように見えます。日常業務に追われてそうした視点が欠落しているのでしょう。経営的な視点の高い問題意識とチャレンジングな行動は必ず誰かが見てくれているものです。そうした動きが幹部クラスの目にとまり、何かのチャンスが目の前に開けるといった可能性はここ数年高まっていると思います。

研修なんてばかばかしいと考える人もいるかもしれませんが、選抜研修の場で全力を出して取り組むことが、あなたの道を開くことも知っておいてください。選抜研修を受けると、自分の中に沸々としたモノを再発見することもあります。

問題意識を持つこと、理想を持つこと、現状否定を恐れないことが、リーダー候補の条件。ただ、全否定すると周りがひいてしまうので、うまく部分否定をしながら意見を言えるようになると、目立つ存在として周囲が認めてくれるようになります。

(小澤啓司=文 遠藤素子=撮影)