もう10年以上も前のことになるが、都内のある強豪校が、夏の甲子園予選の、たしか1回戦だったと思うが、名前だけで考えたらどう転んでも負けるはずのない相手に、初回から大量点を奪われて、ありえない展開とありえない点差で、5回コールドで敗れた試合の現場に立ち会ったことがある。

 もちろん、その年も優勝候補のひとつに挙げられていて、それに見合う実績も選手の素質も持ち合わせていたのに、まさに"悪夢"を見るような思いで、その1時間半ほどの5イニングを茫然と眺めていたのを覚えている。

 その試合、強豪校は初回から積極的な攻めに徹していた。走者が出れば、送らずに盗塁、エンドランでチャンスをふくらまそうとする。走者が2人溜まると、ダブルスチールを敢行。相手校を一気に圧倒し、早いイニングで一方的な試合展開に持ち込もうとする意図がありありと見えていた。

 ところが、その積極策がことごとく裏目に出て、次々とチャンスをつぶすと、逆に、相手校の地道な作戦に対して、強豪校にミスが続いた。ミスをカバーしようとしたバックアップの野手からの返球が大きく逸れて、ミスがミスを生み、傷口を広げてしまう。

 気がついてみたら、3回で10点以上のリードを許して、強豪校のほうが必死に点差を追う展開になってしまった。結局、5回コールドで"サプライズ"な敗戦となったように記憶している。

 ご存知のように、野球には「流れ」というものがある。この時の話を、野球の「流れ」に詳しい方に訊いてみて驚いた。この時の強豪校の試合の進め方は、ほぼすべて、野球の「流れ」を無視したものだと聞かされたからだ。

「格上のチームが格下のチームより先に、理由のよくわからない動きをすると、試合の流れを破壊することにつながる」

 いくつかある野球の流れの"黄金則"の1つなのだという。つまり、格下のチームが格上の相手をかく乱するために、なかば強引とも思える作戦で激しく動くことはよいが、格上のチームが格下のチームを甘く見るように、一挙大量点をもくろんだような攻めを試みると、みずから試合の流れを壊してしまい、不利な展開に陥ることになる、のだという。

 高校野球の、特に夏の地方大会には、このような「番狂わせ」がつきものだ。毎年のように、大きな見出しで"サプライズ"が報道される。今年の夏も、ご多分にもれず、サブライズが続いた。

 岩手では花巻東が、京都では龍谷大平安が、福井では敦賀気比が、埼玉では浦和学院が、鹿児島では神村学園が、そして大阪では大阪桐蔭が早々に敗れ去った。

 今年の番狂わせは、ほとんどが1点差、2点差の僅少差だった。強いチームが、1点や2点、どうして取り返せないのか? 理由はいくつもあるものだ。

 思いつくままに挙げていくと、まず、強いチームが持てる力を発揮しきれずに終わる場合だ。

 単純な話、実力「10」のチームでも、半分程度の力しか出せなければ「5」か「6」。ならば、実力「6」のチームでも全力を発揮できれば勝てるチャンスはある......と、こういうことになる。

 では、それは具体的にどういうケースなのか?

 たとえば、強打線を売りにする強豪校を相手にした場合。野手の間に落ちるポテンヒットには目をつぶることにして、外野手を思い切り深く守らせる。強打線ほど、腕に覚えのある打者ほど、深く守られると燃えるもの。遠慮なく、ブンブン振ってもらう。

 そこで投手は、のらりくらり。徹底してタイミングを外して、相手打線にフルスイングをさせない。たまに芯で捉えても、インパクトで本当のパワーがボールに伝わっていないから、フェンスを越えることは難しい。

 打者のほうは、「もうちょっと......」だから悔しい、悔しい。今度こそ、今度こそ......と振り回しているうちに、いつの間にか9回を迎えている。こういうパターンだ。

 このパターンを成立させるための絶対必要条件は、まず、投手の根気強いピッチング。誰だって、強打線は怖い。怖いと思えば思うほど、カラ元気で速球を投げて、やられてしまう。

 追い込めば追い込むほど、遅く、もっと遅く......。極端なタイミング外しが有効になる。逆に、遅いボールを見せておいてのインコース真っすぐ勝負も効果的だ。あとは、それを選択する勇気があるかどうかだ。

 番狂わせのもう1つのパターンは、強豪校の方が攻めを間違える場合だ。特に、地方大会の初戦。「得点のパターンをきちんとおさらいしておこう」。そんな意識が強すぎると、攻めを固めてしまうことがある。

 たとえば、送りバントの多用など、その最も顕著な例だろう。

 最初の1、2点はよいとして、3点取っても、4点取っても、ひたすらバントで送り、大量点が奪えるかもしれないチャンスを逸してしまう。指導者の方がきまじめな性格の時に、こういうことが起きることがある。

 格下の相手が、文字通り<捨て身>や<やけくそ>で正面突破のフルスイングで攻めてくる場合、意外な大量失点を食らって、大事に取った3点、4点を一気に吐き出してしまう。こういうケースだ。

 どんな強豪校でも、初戦は不安の塊になっている。「きちんと段取りを踏んで......」というその精神は悪くはないが、攻め方をあまり固めすぎてしまうと、強豪校らしい攻めの<ダイナミズム>を失うことになる。

 最後に、私のささやかなる高校野球監督生活の中で、たまたま見い出した<秘策>を1つ、披露させていただこう。

 どんなチームにも「得意ワザ」がある。その相手の得意ワザで攻めるのだ。たとえば、"機動力"を得意とする強豪校を敵にまわすときは、こちらも足を使い、盗塁やエンドランなどでかき回してみると、相手は戸惑って、オタオタしてくれることが多々あった。

 こちらにそれほど俊足のランナーが揃っていなくたって構わない。とにかく、動くことだ。

 普段、自分がやっていることを相手にやられてしまう違和感。それは間違いなく「ある!」という反応を、当時、多くの指導者からいただいた。

 しかし、いくら考えても、その理由が解き明かせなかった。そして、今もわからない。数十年考えても、それでもわからない理由。しかし、現象としては間違いなく「あった!」のである。

「格上と格下」「強豪校と普通の高校」 

 こうした命題はいつもあって、明らかに力量差のある相手でも、ひっくり返さないと勝ち進めないのが永遠の<ルール>なのであれば、このなかなか解明できない理由を突き詰めていく中に、意外とその特効薬が隠されているような気がしている。

 すべての現象には、必ず理由がある。そこを追いかけていくのも、野球の、いや、スポーツすべての「いちばん面白いところ」なのかもしれない。

安部昌彦●文 text by Abe Masahiko