写真提供:マイナビニュース

写真拡大

●コンテンツが伝わらない時代に
情報を発信してもなかなか伝わらない……という悩みに、正面から向き合った本が出た。それが、さとなおさんこと佐藤尚之さん著の『明日のプランニング』(講談社現代新書/840円+税)だ。「情報砂一時代」と称する生活者の現状について、また佐藤さんご自身のキャリアについて、話を伺った。

○今、情報は世界中の砂浜の砂粒より多い

――今回、どういう理由でこのような本を書かれたのでしょうか?

最近、コンテンツが「伝わらない」という人がすごい増えているんです。バズを狙うにしても消耗戦になってしまっていて、手応えも実感もないし、すごく疲れてしまう、と。原因を考えていくと、いわゆる"生活者"が二極化しているためではないかということが、わかってきました。

現在、常に情報に触れている人たちは、1.8ゼタバイトの情報が流れている中で生きていると言われています。世界の砂浜の砂粒の数が1ゼタバイトと言われているので、それよりもずっと多く情報が流れているということになりますよね。

もう一方で、PCでの検索を月に1度もしない人が、7,000万人程度いるといいます。つまり国民の半分以上はあまり情報に触れていない人たちなんです。都会に住んでいるマーケターたちは、こういった二極化をちゃんと把握できていないという現状があります。

――"情報に触れている人たち"の方だけを向いてしまうのですね

そうですね。でも、"情報にすごく触れてる人たち"にはもう露出がきかなくなっています。彼らが晒されている環境のことを僕は"情報砂の一粒時代"(砂一時代)と呼んでいるんですが、こういう時代を生きる人たちに対しては、バズも、いいねも、RTも、シェアも、ほとんど無視されてしまう。しかも、情報にあまり触れていない"砂一以前"の時代を生きる人たちは、それほどネットを見ていない。そうするともう、ネットでがんばってもがんばってもむなしい、効果が感じられない……という方に行くと思うんですよね。

だから、そこを見直していきましょう。砂一以前の人に対してはマスメディアを使った今までの方法で、砂一時代の人については、ファンベースでやっていきましょう、ということを詳しく書いているのが今回の本なんです。

○時代が変わってきている

――いつごろから"砂一時代"の考え方を提唱するようになったのですか?

"砂一時代"というネーミングをつけたのは、2年前くらいですね。「生活者が二極化しているかも」と思い始めたのも、2年前くらいです。それまでも、時代が変わってきてるぞという意識はあったのですが、整理がついたのはこの1年ほどです。

――周囲の反応はいかがですか

いま、相手を切り分けようと言っているマーケターは、あまりいないんですよ。更に、こちらは今まで通り、こちらにおいては露出もきかない……と言っている人はほとんどいません。ただ、ちゃんと言葉に表して指摘している人がいなかっただけで、名だたるクリエイターたちは皆、同じ方向に来ているように感じます。

切り分けについて考えているマーケターがいないのは、皆ネットを見ながら生活している"砂一時代"の人であることが大きいですね。露出を増やせば伝わるのは砂一以前の人たちで、砂一時代の人たちには露出増が効かない。それなのに、ネットでの露出を増やそうとして「もっとバズらせろ」と言ってしまうと、消耗戦にしかならないんです。

――名だたるクリエイターの方も同じ方向にいるのは心強いですね

現場のひとはその通りだというけど、でも役員がね、という話にはなります(笑)。ただ、それはしょうがないですから。ある考え方が浸透するのには、時間がかかるんじゃないかと思います。それに、僕の方が正しいかどうかも、わかりません。ただ、僕はこれしか解が見つかりませんでした。

●早熟を良しとする風潮はおかしい
○マネジメントスキルは、個に戻ったとき役に立つのか?

――いま自分で会社を起こされていますが、会社をやめるのにどのような決心があったのでしょうか

僕はあまり会社に行っていなかったので、みんなに不思議がられました。「佐藤さん、電通でそんなにフリーみたいにやっているのに、やめる意味があるのかな」と(笑)。

会社を辞めたのは、50歳のときでした。50〜60歳になると、サラリーマンはマネジメントシフトしていくわけですよね。でも、あと10年間で組織のマネジメントスキルをつけるとしても、60歳、あるいは65歳で退職して個に戻ったとき、それは役に立たないのではという気持ちがあったんです。

また、僕はボランティアなどいろいろな活動を個人でやっていたのですが、そういう場でタチが悪いのが昔大企業でマネジメントをやってた偉いおじさんだなと(笑)。皆さん少し発言すると、周りの人が動いてくれると思っているんです。そういう場では言った本人が動かないといけないのに、言うだけ(笑)。それぞれは優秀だしいい人なんだけど、大企業でえらくなると、どうしてもそういう部分が出てきてしまうのかもしれないと思いました。

――辞めてみていかがでしょうか

辞めてみたらものすごく不安定です。だから不安もいっぱいあるけど、むだな会議は全然ないし、上司から評価されることもなくなる。世間からは評価されますが、よくわからない評価に怯えて生きる必要はないので、それはいいところですね。

○早熟を見て焦るな、大器晩成で

――マイナビニュースの読者層であるアラサー世代にも、いつまでやれるのか、新しいことについていけるのかという悩みがあるので、50代になってから会社を辞められるのは驚きです

それは早いですね(笑)。僕なんかまだこれからですよ。僕の場合、33歳でネットを始めてから、人生が変わりました。ネットを始めた翌年に、書いてたことが本(『うまひゃひゃさぬきうどん』光文社知恵の森文庫)になった。そのあとも何冊か本を出していったら、新聞に連載をするようになって。更にネットをやっているから、会社内で特異な位置につくようになり、広告についての本(『明日の広告』アスキー新書)を書いて……ぐるぐるまわり始めたんです。今、この年になって新しいことを始めるのはすごく体力がいるけど、少なくともあと20年くらいは、と思っています。

みんな、特にネット業界にいる人は早熟すぎ、焦りすぎなんですよね。よくよく考えたら、中学や高校をみていても、大器晩成の人はたくさんます。僕だってすごく奥手だから、45歳くらいになってやっと「自分はこういうことがやりたいのかな」とわかるようになりました。45歳くらいですよ(笑)。

それをみんな20代に決めて、周りの人を見て焦っているけど、早熟な方達と同じ速度で走ったら、第一コーナーで息が切れてしまいます。45歳位から頭抜け出したほうが楽しいですから! だって20歳位でトップに躍り出て、そのあとずっと落ちていくって辛いですよ。早熟と同じ価値観はやめた方がいいし、ゆっくり後から行った方がいい。

――早熟をよしとされる風潮もありますが……

おかしいと思います。若くして成功すると、みんな自己模倣をしてしまうんです。自分が成功した時のやりかたを模倣するんですね。僕は今でも成功したと思っていないから、もう、地道に下からいきたいと思っています(笑)。

○「100人に1人」になろう

――ご自身のキャリアについては、どのように見られていますか?

「キャリアを積もう」とは、あまり考えていませんでしたね。僕はよく、「100分の1」と言っているんです。メディア業界で1万人のトップになる、つまり1万分の1になるとか、広告業界で1万分の1になるとか、大変な上にトップになったころにはその業界自体がないかもしれないというリスクもありますよね。変化の激しいこの時代、そんなのはやめた方がいいと思っています。それより100人の中のトップになったほうがいい。

100人って、高校で言えばだいたい2クラス分くらいです。その中で1位になることを考えると、数学でなるのは大変、英語でなるのも大変。だけど、たとえば手芸なら、おはじきならいけるのではないか。

僕の場合、広告で1万人に1人になるのは、難しいと思いました。でも100人に1人にはなれる。インターネットにおいても、95年にサイトをはじめてまあまあアクセス数も増えたので、100人に1人にはなれたかなと。食でも本を出して、100人に1人は入ってるかなと。そうすると、広告×ネット×食で、100×100×100だから、これ全部できる人って100万人にひとりってことになりますよね。ソーシャルメディアなどでも先行していたので、それもかけると、当時1億人に1人の存在だったと思います。つまり日本でトップ。そうなると、いろいろな方から声がかかるんですよ。だから、100分の1を多めに持とうと考えるといいのではないでしょうか。いくつかやっていると、唯一になっていきますから。

――キャリアというと、積み上げ式のような気がしていたんですが、かけ算方式もあるんですね

楽ですよ、かけ算は(笑)。100分の1なんて、うすっぺらいんです。薄いんだけど、薄いものをいくつも持つ方が、生きやすい世の中だと思います。広告という業界でどんなに頑張っても、業界自体がどうかなってしまったら、そこに影響されてしまいます。広告ができる、そしてサンバが踊れる、2つを活かした仕事ができたら強いでしょう(笑)。今日から1年間本気で何かに取り組めば、100人に1人になれますよ。

かけ算だと、人と比べることがないのと、「自分は100分の1には入ってるだろう」くらいのところで勝負しているので、なんとかなるんですよね。優秀なやつはたくさんいるけど、自分は100人に1人でいい。人と比べなくなるんじゃないかな。人と比べて自分の人生を決めていくと一生つらいですよね。老人になっても若い人と比べたりして。自分の今の力を冷静に見て、俯瞰していくと良いと思います。

――ありがとうございました

(目黒せつこ)