桐生第一高等学校(群馬)【前編】

写真拡大 (全2枚)

 最終的には打ち勝たないと、試合に勝てない―。このところ、あちこちでそういう話を耳にする。実際、今夏の地方大会では5点差、6点差をひっくり返した試合がいくつもあった。こうした中、投手を中心とした守りの野球を貫いているのが桐生第一高だ。チームを率いているのは1985年の創部年より指揮を執る福田 治男監督。これまで甲子園には春4回、夏は9回出場し、1999年夏に全国制覇を果たしたのをはじめ、これまで甲子園で4強に1度(2003年夏)、8強に2度(1991年春と2014年春)導いた名将である。

 そんな福田監督が守備の基本で大事にしていることとは―。基本の話を中心に、守備に対する考えをじっくりお聞きしました。

守りはどんな選手でも練習をすれば必ず上達する

福田 治男監督(桐生第一高等学校)

 桐生第一高の福田 治男監督は、1999年夏の甲子園優勝投手でもある正田 樹(元東京ヤクルトほか。現愛媛マンダリンパイレーツ)や一場 靖弘(のち明治大。元東京ヤクルト)、そして藤岡 貴裕(東洋大を経て現千葉ロッテ<2011年インタビュー>)など、何人もの好投手を育てながら、守り勝つ野球で、全国に桐生第一高の名を知らしめた。ただ意外にも、監督に就任してしばらくは「打ち勝つ野球」を目指していたという。

 実際、初めて甲子園に出場した1991年春のチームは「打のチームでしたね」と福田監督。今も根底には「守り一辺倒では勝てない。打ち勝たないと勝てない」というのはある。だが「いつも打てる選手が揃っているわけではないですし、打力に頼っていては安定した野球ができない。それに守備は、資質に依るところが大きい打撃と違って、どんな選手でも練習をすれば必ず上達しますしね。打撃を度外視しているわけではないものの、1点を守り抜くことに比重を置いています」

 目指す野球を変換したのは「群馬の野球」に適応するためでもあった。「群馬は桐生高を1936年春と1955年春の2度、甲子園準優勝に導いた稲川 東一郎さん(故人)の野球スタイルが色濃く反映されています。近年は足でかき回す健大高崎高が出てきましたが、バントを多用しながら好機を生かすチームが多いのです。そういう野球に対抗するには、守る側に回った時に1点を与えないようにしなければなりませんからね」

 しっかり守れることは、桐生第一高では試合に出るための1つの条件にもなっている。それが浸透しているからだろう。自主練習では「バットを振っている選手よりもノックを受けている選手の方が多い」という。

「私は1本のヒットで3点取られるようでは、野球にならないと思っています。ですから、野手ならエラーをしない、投手なら無駄な四死球を与えない。選手にはまずこれを求めます。ヒットを打てるのは、せいぜい10回のうち3回くらい。ならば自分のポジションをしっかりこなせるようになってほしい。その上でバントをきっちり決められるなど、基本的なことができている選手なら、試合で計算が立ちますからね」 

注目記事・2015年秋季大会特設ページ

[page_break:「下」で投げれば自ずといいボールがいく]「下」で投げれば自ずといいボールがいく

 桐生第一高では守りの練習はキャッチボールから始まる。福田監督は「キャッチボールは肩慣らしでもなければ、ウォーミングアップでもないと考えています」と言うと、こう続けた。「1球1球足を運んで『体の正面』で捕り、『小さな的』を目がけてしっかり投げる。キャッチボールは毎日やることなので、キャッチボールでの1球1球を大切にすれば、試合での正確な捕球と送球につながっていきます。私はよく投手にも『ブルペンだけでフォームを固めようとしてはダメだよ。日頃のキャッチボールを大事にしなさい』と伝えています」

体の正面

守りにおける体の正面(左肩の前)

 福田監督がいうところの「体の正面」は体の中心ではない。右投げの選手なら左肩のあたり。福田監督は「ここが捕球時の体の正面になる」と考えている。また「小さな的」とはベルトのバックルを指す。

「一般的にキャッチボールでは、胸あたりを目がけて投げるのが基本ですが、実際のプレーでは低い体勢の相手に投げることがほとんど。ベースカバーに入った野手に投げる時も腰の高さに投げますからね。ですからバックルを的にしています。ふだんからバックルを狙い、その周辺にボールがいくようにしておけば、たとえ試合で悪送球をしても、それは相手が止められる低投になり、捕球できない高投になる確率は低くなると思います」

ゴロ捕球でも「体の正面」は左肩の前になる。出した前足の踵あたりが境界線だ。そして左肩の前で捕球したら、その位置に、送球時の軸足となる後ろの足を踏み出す。

「その形ができていれば、あとは流れで投げるだけ。自ずと肩は投げる方向に向くので、あえて肩を向ける必要もありません。こうした基本的な形ができていれば、送球ミスもしないと思います。要はフットワークと打球の入り。この2つを意識していれば、『上』をどうこうしなくても、送球時に自ずとボールはいきます。私は捕手にも『送球の時には意識的に肩を入れるな』と教えています」

体の正面でゴロ捕球するのは×

ゴロ捕球も左肩の前で○

注目記事・2015年秋季大会特設ページ

[page_break:なぜバックステップがいけないのか?]なぜバックステップがいけないのか?

 福田監督がよしとしないのが、捕球してから後ろの足を回す、バックステップだ。福田監督によると「どうも最近そういう選手がよく目につく」という。「バックステップをすると、しっかり「下」を使って投げられません。左肩の前でなく、体の中心で捕球している選手に多く見られる傾向ですね。投げる角度がクロスに入る形になるので、どうしても送球ミスをしやすくなります」

< 悪い例 > 体の正面で捕ってバックステップして投げているところ

悪い例 1

悪い例 2

悪い例 3

悪い例 4

< 良い例 > 左肩の前で捕球して、捕球したところに足を踏み出す

良い例 1

良い例 2

良い例 3

良い例 4

 取材当日、ノック時も1本打撃の際も、送球ミスはほとんど見られなかった。ごくたまに送球ミスがあると選手間で「下、下を使え」という声が飛び交う。送球は「下」で投げる―。桐生第一高ではこれが徹底されていた。

 ここまでは守備の基本的な概念について伺った。後編では強く正確に送球するために大事なこと。さらに守備が上達するにはどんな考えを持つべきなのかを紹介します!

(取材・文=上原 伸一)

注目記事・2015年秋季大会特設ページ