開校から8年、国際教養大が東大と肩を並べた秘密
従来の日本にはなかった新しいかたちでの学びの場として注目されている、国際教養大学を訪問した。
2004年に秋田県秋田市に開学した国際教養大学。1学年の定員が170名あまりと小さな大学だが、英語に基づく高度なリベラル・アーツ教育、卒業生の就職実績の良さで近年脚光を浴びている。入試制度が異なるので単純には比較できないが、難易度も急上昇。センター試験の成績で見れば、すでに東京大学文系と同じ程度の高得点が必要とされるという。
学長の中嶋嶺雄氏に、開学当時お話をうかがう機会があった。「これから、日本に、アメリカと同じような、一流のリベラル・アーツ・カレッジをつくるんです!」と意気込んでいらした中嶋先生。短期間のうちに、お言葉通りの質の高い大学になりつつある。
秋田空港から自動車で10分ほど走ると、もう国際教養大学のキャンパスだった。アメリカの大学と同様、街と大学を仕切る境界のようなものはなくて、道を行くといつの間にか大学に入っている。
秋田らしく、豊富な木材を活かした建物が並ぶキャンパスは清々しかった。緑の中を、教科書を持った学生たちが行き交っている。1年365日、24時間開いているという図書館は広々として格調があり、見学した小学生たちが、「ハリー・ポッターみたいだ」と歓声を上げるのだそうだ。
大学側のご好意で、いくつか講義を見学させていただいた。アメリカ憲法の授業の先生は日本人。20名程度の少人数で、活発に議論しながら「表現の自由」について考える。帰国子女らしい、流暢な英語でしゃべる人もいたが、日本で英語を学んだ、それでも英語が達者な学生も、自分の意見を述べていた。
続いて、外国からの留学生に特に人気だという、英国人講師による日本の伝統文化についての授業。人数は10名ほど。教壇の周りに集まって和気あいあいと、しかし真剣に話し合っている。男鹿半島に伝わる「なまはげ」は社会的に見てどのような意義があるかユーモアを交えて論じる授業に、笑い声が上がっていた。
国際教養大学の成功の秘密の一端は、クラス・サイズにあると知った。日本の多くの大学は、大教室で教師がマイクでしゃべる形式の授業を採用している。それでは、現代社会を生きるうえで必要な批判的思考(クリティカル・シンキング)が身につかない。
カフェテリアで勉強していた日本人の学生と話した。「授業で、英語が得意な学生ばかり発言してしまう、ということはないの?」と聞くと、彼は、「いいえ。少し英語の表現が拙くても先生が、君の言いたいことはこうだろうと補ってくれるので、みんな議論に参加しています」と言う。
批判的思考力は英語力と等価ではない。小さなクラス・サイズで、徹底的に、真剣に議論することが大切。国際教養大学のあり方は、日本の大学の改革の方向性にヒントを与えてくれる。
見学が終わった後で、中嶋学長にお目にかかることができた。「おめでとうございます! やりましたね!」。握手を交わす中嶋学長の顔が、輝いている。
秋田の田園風景の中で始まった、小さな教育改革。グローバル化の波が押し寄せる中、日本の大学のあり方が、現状のままでいいと思っている人は少ないだろう。
これからの日本人の学びのかたちに関心がある方は、国際教養大学を訪問してみればよい。課題の認識とともに、大いなる希望もわき上がってくるだろう。
(茂木健一郎 写真提供=国際教養大学)