「料理漫画は生理感覚としてエロ漫画に一番近いかもね」と語る寺沢大介先生

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『ミスター味っ子』で“グル漫(=グルメ漫画)の歴史にひとつの王道をつくった寺沢大介氏。作品の裏側にある“食の表現”に対する並々ならぬこだわりをとくと見よ!

■最初は料理漫画の描き方がわからず……

―まず、漫画家になったきっかけから教えてください。

寺沢 もともと漫画は好きで大学時代から出版社に持ち込みをしてました。賞にも引っ掛かりはするんだけど、結局佳作止まりで……。「漫画家はダメかな」と思って、単純に絵を描くイラストレーターの仕事を始めたんです。でも26歳のときに突然体を壊して……。田舎に帰ったら仕事がこなくなっちゃった。親には「ちゃんと就職してくれ」と泣かれるし。じゃあ、もう一回だけ漫画をやってみようと『週刊少年マガジン』の編集部に原稿を持っていきまして。

―そのときはどんな漫画を?

寺沢 昔から石ノ森先生の『サイボーグ009』や藤子先生の漫画が大好きだったのでファンタジーものですよね。それを担当者が評価してくれて、それから続けて描いた2作が大きな賞を獲って。そんなときに当時『月刊少年マガジン』から異動してきた編集長の五十嵐さんに“料理漫画”の新連載のお話をいただいたんです。

―それが『ミスター味っ子』!

寺沢 『月刊少年マガジン』でビッグ錠先生の『スーパーくいしん坊』が人気だったので、料理のジャンルの企画を『週マガ』にも持ってきたかったみたいで。ただ、ビッグ錠先生の絵柄は『週マガ』にはさすがにアダルトすぎるから、もう少し子供っぽい絵を描く人がいないかってことで僕に……。

―それ以前、料理漫画に興味を持ったことはあったんですか?

寺沢 いやぁ、子供の頃に『包丁人味平』は面白いなと思って読んでましたけど、それ以外はあんまり。だから、最初は描き方もよくわかりませんでした。とりあえず当時流行ってた『美味しんぼ』みたいなドラマが基本だろうと思って、下町人情系のネームを持っていったんです。でも、五十嵐さんに「全然ダメ」って言われて。求められてたのは“料理押せ押せ”の漫画で、ドラマなんていらないし「料理がキャラクターと同じくらい動かないとダメだ!」ってね。

―初連載でしごかれた!

寺沢 原稿を持っていっては編集さんに「こんなんじゃない」って。「じゃあ、どういうんだ?」って言ったら『スーパーくいしん坊』を目の前にドーンと置かれて「コレだ、この作り方なんだ!」と。ラーメンを取り上げるなら、麺を食って汁をすするところを詳しく描かなきゃってわけです。

―まさに主役は料理という。それで勉強のためにグルメ本を読み込んだりもしたんですか?

寺沢 料理の写真をじっくり見たりはしましたよ。もともと特に好きじゃないから毎回試行錯誤で、最初の頃は野菜や肉とか素材の絵もめちゃくちゃでね。包丁を拭くのに刃のほうを持ってたり……今見たら冷や汗出る(笑)。さらに「麺の一本一本をアップに」なんてオーダーがきて。そうなると料理そのものに向き合うしかなくなるんです。鶏肉がやわらかいのを表現するなら、キャラに「やわらかい」って言わせるだけじゃなくて、鶏肉に指をズボッと入れる絵を描くとか。そんなことをやってるうちに料理をうまそうに見せる表現が面白くなっていったんですよ。

―その表現に加えて、レシピも考えなきゃいけないですよね。

寺沢 いや、レシピに関しては編集さん主導で『味っ子』ではオリジナルのレシピなんてほとんど考えてなかったです。それで苦しむより描くのに精いっぱいで(笑)。ネタじゃなく演出で見せてると思ってたし。だから勝負でいうと、出張料理人の五番勝負なんか初めてやって面白かったかな。そんな苦労のおかげで読者の反響は良かったみたいで、子供からのファンレターはものすごくきてました。

■漫画の中でうまそうに見えればいいんです

―『味っ子』といえば、アニメもかなり人気でしたよね。特に味皇のリアクションがスゴかった!

寺沢 あれはやりすぎというか、思わず笑っちゃいましたね(笑)。ただ、『将太の寿司』にあのやり方を逆輸入して、リアクションを膨らませた部分はありますけどね。

―やはり『将太の寿司』には『味っ子』のノウハウが生きてる?

寺沢 『味っ子』を連載した3年間っていうのは、編集さんがネタを投げてくるのを僕が打ち返してっていう感じで料理漫画を描く練習だったのかなと。そこで料理の質感だとか食べたときのリアクションが自分の武器になるんだってわかったんで。だから表現でいうと、自分の中で本当にうまくいったと思えたのは『将太の寿司』からですね。例えば、うまいものの汁がジュワッと溢れるのを見せるのに口の中にシャワーを描いてみたり。食べ物も単に写真をトレースするんじゃなくて、実物よりもやわらか〜く描いてみようとか。あとは『味っ子』の反省があったから、自分でわかってやらなきゃいけないと思って、毎週寿司屋に通ったんですよ。『味っ子』はいってみればファンタジーだったから、もうちょっとリアルに料理人の世界やもの作りを描きたいと。

―ただ『味っ子II』では、また漫画的な料理も進化して……。

寺沢 あれは編集さんとレシピをバンバン考えた僕らの料理。楽しかったですよ。自分が楽しんで、なおかつ読者にも楽しんでもらわないとプロじゃないなと。実際作ってみたらうまいのかどうかもわからないけど(笑)。ただ漫画の中でおいしそうに見えれば実際にマズくてもいいんです。SFの武器と一緒でね、実際に作れるかじゃなくてカッコよく見えればいい。空想の産物ですから。

―そんな寺沢先生がグルメ漫画を描く上での醍醐味は?

寺沢 「うまい」っていう生理的な感覚を描くことはすごく面白いなって気がつきました。味は伝えられないけど「おいしい!」って感覚は伝えられるでしょ。それをよりうまく表す方法を探っていくことで自分のスキルは上がったのかなと思ってます。やはりうまそうに食ってる場面とかリアクションがないのは本当の料理漫画じゃないと思うし。そんなふうに官能に訴えて生理的な快感を描くという意味ではエロ漫画とかにすごく近いのかもしれない。吐息の感覚みたいに海苔(のり)を食べるのがパリッなのかサクッなのか悩みますもん。

―確かにエロ漫画もリアクションや描写がとっても大事! では先生にとって料理漫画とは?

寺沢 まだ結論が出てないです。料理って何? 料理漫画って何?これからは王道をいきつつ、そこらへんの本質を探ることにこだわって描いていきたいですね。実は『イブニング』で新連載を準備中なので応援よろしくお願いします。

(取材・文/short cut [岡本温子、佐藤真由]) 撮影/五十嵐和博)

●寺沢大介(てらさわ・だいすけ)

1959年6月10日生まれ、兵庫県出身。現在は『ビッグコミック増刊』(小学館)にて『キッテデカ』、『ビッグコミックオリジナル増刊』にて『ドクターメシア』連載中