みちのりHDグループの岩手県北自動車が昨年12月に導入した「MEX」のバス(記者撮影)

多くの人が高速バスと聞いて思い浮かべるデザインは、あざやかなピンク色が映えるウィラーエクスプレス、つばめのマークでおなじみのジェイアールバスか、青いストライプの国際興業バスといったところだろうか。どのバス会社もデザインでも注目を高めるべく工夫を凝らしているが、そこへオレンジ色のバスが殴り込みをかけた。

冬空の下で光るオレンジのバス

東北の師走は晴天でも気温4度。立っていると地面から冷え込みがひしひしと伝わってくる。しかし、オレンジで彩られた7台の大型バスは、朝の強い日差しに照らされ、そこだけは熱気が感じられる。これから運行を担う運転士や整備士の意気込みのあらわれかもしれない。


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昨年12月26日、東北のバス事業者・岩手県北自動車の南部支社(青森県八戸市)に7台の高速夜行バス車両が導入された。地方のバス会社ではコスト削減の観点から、中古車両を購入する例も少なくないが、今回はすべてが新車。三菱ふそう製が2台、ジェイ・バス製が5台である。

南部支社の前身は、青森県南部でバス運営を行っていたバス事業者の南部バス。路線バスの業績悪化により2017年に民事再生手続きを行ったが、同社のバス事業は大手バスグループ・みちのりホールディングス(以下、みちのりHD)の傘下、岩手県北自動車に引き継がれ、その南部支社として再生した。

みちのりHDは岩手県北自動車以外にも福島交通、会津乗合自動車、茨城交通など東北、北関東に多くのバス事業者を傘下に抱え、東北・北関東では一大勢力を形成している。これまでは、それぞれの会社が独自に高速バスを運行していたが、みちのりHDは各社バラバラの高速バスのブランド名やデザインを統一すれば、スケールメリットにより知名度が上がり、安心感の醸成につながると考えた。

新ブランドは「みちのりエクスプレス」を意味する「MEX」に決まった。


ウィラーといえば、ピンク色のバスでおなじみ(記者撮影)

南部支社は青森・弘前―東京、八戸・盛岡―東京・川崎など北東北の主要都市と首都圏を結ぶ高速夜行バス3路線を運行している。もともとはウィラーから運行を受託し、ピンク色のバスを走らせていた。しかし、みちのりHDの高速バスブランドの統合に合わせ、今年1月から高速バスのブランドをウィラーからMEXに切り替えた。

「今回の運行切り替えは会社として大変重要な取り組み。乗務員として安全を優先してほしい。そしてお客様に満足いただけるアナウンスや接遇をお願いしたい」。12月26日、岩手県北自動車の鈴木拓副社長は運転士を前にこう述べた。目下、先着順で価格を通常時から大幅に引き下げるキャンペーンも実施中。MEXの認知度向上へ価格面でも後押しする。

「寒空の下で待つ」不安に応える

オレンジ色のデザインはどのように決まったのだろうか。デザインを手がけたのは建築家の川西康之氏。えちごトキめき鉄道の観光列車「雪月花」、土佐くろしお鉄道・中村駅やJR枕崎駅のデザインを行うなど、公共交通のデザインに造詣が深い。JR西日本が2020年春の運行開始に向けて準備を進めている「新たな長距離列車」のデザインも担当している。

2017年、複数のデザイナーによるコンペの中から川西氏のデザインが選ばれた。みちのりHDからのリクエストは「特徴的なデザインにしてほしい」という一言だけ。川西氏がデザインを行うに際してまず考えたのは、利用者は高速バスに対してどのような気持ちを抱いているかという点だった。

「寒空の下、小さなバス停で高速バスを待つのは不安ですよね」と川西氏は言う。バスタ新宿のような大ターミナルから乗車するのとは異なり、地方在住者は自宅最寄りの誰もいない停留所から大都会に向かう。時間どおりにやってこないかもしれないというバス特有の不安も拍車をかける。

川西氏がみちのりHDに提案した複数案の中から選ばれたのは、オレンジとシャンパンゴールドという組み合わせだ。


シャンパンゴールドの塗装は光線状態によって違う表情を見せる(記者撮影)

寒空の下で待っている乗客にとって、暖色系のオレンジは「ほっとする」色に違いない。シャンパンゴールドは、晴れ、曇り、朝、夕方など天気や時間帯の条件によって白っぽく見えたり、黒っぽく見えたりする。どんな条件でも安定して見えるオレンジ色との対比が面白いとみちのりHD側に評価されたようだ。

2018年から茨城交通、日立電鉄交通サービス、会津乗合自動車などの傘下企業が自社の車両の塗り替え、あるいは中古車両の購入時に新デザインに切り替えた。そして年末に南部支社が一気に7台の新車を導入。グループ全体でオレンジ色のバスは17台になった。今年3月までにはさらに11台が登場する予定だ。

「安全・安心の色」になれるか

「現在保有しているバスを一斉に塗り替えるのは多額のコストがかかるので、新車導入などのタイミングを見ながら、少しずつ新デザインに置き換えていく」とみちのりHDの担当者は説明する。

グループ内の高速バスの数を合計すると約280台。東北を走るピンク色のウィラーのバスは38台なので、将来すべてのバスがオレンジ色に塗り替えられれば、MEXの存在感は大きく高まる。

複数の候補から高速バスを選ぶ際には時間帯、料金、座席の広さやWi-Fiの有無などが決め手となるが、「オレンジのバス、知ってる」という知名度も武器になる可能性がある。

しかし、グループでのブランド統合は、万が一グループの中の高速バスが1社でも事故を起こせば、その影響がグループ会社すべてに波及するということでもある。居眠り、経験不足など運転士が原因の高速バス事故は後を絶たない。さらに、運転士不足という問題が拍車をかける。オレンジ色は「暖かみがある色」というだけではなく、「安全、安心の色」という信頼感の醸成につなげることが重要だ。