金正恩氏

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北朝鮮の国家安全保衛省(保衛省)は、強引な捜査をすることから、国民から恐れられている。ところが、韓国に定住する脱北者を持つ家族に「泣き」を入れる保衛省の要員もいるという。

女子大生を拷問

韓国でタレント活動をしていた脱北女性のイム・ジヒョンさんが、姿を消してしばらく後に、北朝鮮メディアに登場した。イムさんは、韓国でひどい仕打ちを受けたと語り、韓国社会に衝撃が走った。

イムさんが北朝鮮に戻った真相については謎も多いが、金正恩党委員長は、脱北者がメディアに出てあれこれ喋ることを相当嫌がっており、保衛省に対し、脱北者を中国におびき寄せて拉致せよとの司令を下したとも伝えられている。

このため、イムさんの北朝鮮入りが自ら望んだ上での行動だったのか、それとも拉致されたのかで、韓国メディアの議論が白熱した。仮に自主的に行ったのであろうと、保衛省があの手この手を使ってイムさんが北朝鮮に戻るようになんらかの工作をした可能性は否めない。

保衛省や人民保安省(警察)は任務を達成するためには手段を選ばない。韓流ビデオのファイルを保有していたという容疑だけで女子大生に過酷な拷問を加え、悲劇的な末路に追い込むほどだ。

(参考記事:北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは…

一方、ソフトなやり方で脱北者の家族を懐柔するケースもあると、韓国の北朝鮮専門メディア、ニューフォーカスが伝えている。

記事によると、咸鏡北道(ハムギョンブクト)穏城(オンソン)出身のチェさんという脱北女性に、北朝鮮にいる兄から電話がかかってきた。話の中身は次のようなものだ。

保衛省に呼び出された兄は、ボンヤリとした画面を見せられ、「これはお前の妹か?」と聞かれた。兄はすぐに妹だとわかったが、認めたら町から追放されるかもしれないと思い、とっさに「知らない人」だと答えた。

その後も、保衛員が何度も訪ねてきて「行方不明になった妹から便りはなかったか」となどとしつこく聞かれたが、そのうち保衛員は「自分の管轄区域から脱北者が出たら、全責任を取らされる」と泣き言を言い始めたというのだ。

さらに、もし妹が韓国にいて連絡が来たならば、次のように伝えてほしいと頼まれた。

「どうかテレビにだけは出ないで欲しい」

この保衛員は、チェさんの妹が脱北して韓国にいることを知っていた。しかし、それを認めてしまえば、管轄地域から脱北者を出してしまったことで責任を取らされる可能性があるので、見て見ぬふりをしていたのだ。

しかし、テレビに出たらすぐに職場にバレてしまう。そうなると自分が黙認していたことまで発覚してしまうことから、なんとか穏便に済ませたかったのだろう。韓国でおとなしく暮らすだけなら、何もしないということなのだ。

韓国に定着する脱北者のなかには、積極的にテレビに出演して北朝鮮の内情を伝えようとする女性もいる。彼女たちの話には誇張もあるが、喜び組に関わる知られざる情報などがもたらされることも多い。

保衛省は韓国の脱北者が北朝鮮の内部事情を暴露することに対して苦々しい思いで見ているはずだ。イムさんの北朝鮮入りに保衛省の関与が疑われるのもこのような背景がある。

拷問部隊は「顔面串刺し」も

大邸に住む別の脱北者、リさんも北朝鮮に残してきた姉から同じような話を聞いた。地域担当の保衛員が、行方不明者家族を呼び出して、中国や韓国から連絡がなかったかとしつこく聞かれた。そしてこう凄まれたという。

「面倒を起こすつもりなら、街から出ていってくれ」

その後、姉はリさんとの通話で、イム・ジヒョンさんの話が出た時に「どうかテレビにだけは出ないで欲しい」と頼んできたという。地域には脱北者家族が多いため、追放されたりはしないが、どんな目に遭うかわからないというのだ。

保衛員は、地域のトンジュ(金主、新興富裕層)や、脱北者家族など、比較的豊かな人からワイロをせびり取って生きている。逆にトンジュや脱北者家族は、保衛員と良好な関係を築き、違法行為を見逃してもらって生きている。違法行為を見つけて逮捕すればそれなりの褒賞はもらえるだろうが、それよりも富裕層にたかって得られる利益のほうが多いということなのだろう。

それでも保衛省は、貧乏国家・北朝鮮の一部署であることから、予算は少なく、逆に国家に上納金を納める義務も負っている。では、その上納金はどうやって稼ぐのか。その比類なき暴力性で、富裕層や一般庶民、そして、裏か表かを問わず、商売をしている人々から収奪するのだ。いわば「恐喝ビジネス」である。

いくら懐柔策をとったとしても、結局は庶民からカネをむしり取ろうとするのが、金正恩独裁体制を支える治安機関なのである。