「軍事衝突直前」とまで言われた北朝鮮情勢ですが、現状、危機的状況は回避されているようです。そんな中、「日本国内の政治家や識者たちによる粗雑な議論が気になる」とするのは、米国在住の作家・冷泉彰彦さん。冷泉さんは自身のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』で彼らの発言や主張を取り上げながら、それらを「粗雑」と判断する根拠を記しています。

北朝鮮情勢、議論の粗雑化を憂う

北朝鮮情勢に関しては、このメルマガでも何度も議論してきた通りと思います。基本的には米中連携によるプレッシャーと、金正恩政権の「花火」が拮抗する時期を過ぎれば、緊張はある程度緩和をするだろうし、当面は現政権を含めた現状維持以外にチョイスはない、現時点では、これ以外の可能性は非常に少ないと思われます。

理由は簡単で、北朝鮮の現政権の崩壊は「なし崩し的な統一」へ向かうからですが、そのような統一は誰も望んでいないからです。恐らくは人道危機が日常化していると思われる北朝鮮の住民には、本当に申し訳ないと思いますが、難しいという事実は変えられません。簡単におさらいをしておきましょう。

韓国:ドイツの先例に従って北の住民の尊厳を損なわず吸収合併する国力はまったくない。日本:日韓関係を好転させる環境のない中で、混乱を伴うような統一が現出すれば日本の安全保障上の脅威となると考えざるを得ない。米国・中国:両勢力が直接国境を接することは望まない。それ以前に、統一に至る混乱収拾のコストを払いたくない。

簡単に整理してしまうと、本当に身も蓋もない話ですし、困っている北の住民、あるいは心から民族統一を願う南の人々にも申し訳ないのですが、このような認識はどう考えても覆すことはできません。従って、現時点では「なし崩し的統一」は不可能ですし、そのような結果に誘導される可能性の濃厚な政権崩壊も不可能ということです。

そこから導き出されるのは、軍事的な選択肢は双方にないという結論であるわけですが、これに反して、どうもここ数日、日本では粗雑な議論が多く、大変に気になります。

例えば、民進党の菅直人氏は、自身のブログで「緊張が続く北朝鮮情勢(2017-05-01NEW !)」として以下のような書き込みをしています。

北朝鮮をめぐる緊張は今なお続いている。軍事衝突になれば日本にも大きな被害が及ぶ可能性がある。北朝鮮に核開発をあきらめさせることができるかどうか。北朝鮮に石油などを供給している中国がどこまで北朝鮮に圧力をかけ、言うことを聞かせることができるか。

 

昨日から武蔵野市内で松下玲子都議候補支援の遊説を開始した。民進党の現職都議の離党が続く中、松下前都議はぶれないで民進党市民派として頑張っている。武蔵野市選挙区は一人区で、現職自民党都議と小池チルドレンと松下前都議の三つ巴の選挙になる状況だ。

 

東京の民進党は長島幹事長が離党したことも重なって、壊滅寸前だ。都議選前に東京の民進党を立て直す必要がある。

中道なのかタカ派なのか、孤立平和主義なのか意味不明で、要するに旗幟を鮮明にすることから逃げているのでしょう。

同じような曖昧さということでは、橋下徹氏もそうです。橋下氏は現在訪韓中で、例えば

ソウルはほんとに普通に一日が動いている。ワシントンや永田町の政治家のメンツのためだけに、この日常を壊してはならない。ワシントンと永田町の政治家はチキンレースからいったん退いて、次を考えるべきだ。言いつけを守らなかった北朝鮮を懲らしめるなんていうのが一番最悪だ。

などという発言には、大いに賛同するのですが、一方で、

今日もソウルの普通の一日が終了。こんな日常を、少数の威勢のイイ奴らによって破壊されることなんてあってはならない。今、朝鮮半島は絶妙な勢力均衡になっていることを実体験している。核0という理想よりも、まず実現すべきは勢力均衡だ。そもそもNPTが時代に合っていない。

とか、

北緯38度線まであともう少しの郊外地域。皆、普通に暮らしている。これが理屈じゃない勢力均衡の現実。一部の犠牲があっても仕方がないという思考をするバカは放っておこう。いかに均衡を作るかに集中しよう。日本も核ヘッジング議論から逃げてはいけない。

などと、非常に曖昧なレトリックを展開しているのは困ります。動揺している日本の一部と比較して、ソウルも38度線に近い郊外も平静だというのは、良い指摘ですし、その背景にあるのは「均衡による抑止」だというのも事実だと思います。ですが、その均衡というのは、あくまで通常兵器で達成されているものです。

NPTが時代遅れで、日本も核ヘッジングなどという話になれば、本当にNTP体制は崩壊します。そのことによる、世界の安全保障、文字通りの「安全の保障」の悪化は計り知れないものがあると思います。GDP世界第3位、機械工学と原子力工学の技術はトップレベル、そしてプルトニウムを山ほど保有している日本が核武装に舵を切るようなら、安保理5カ国共同の国連軍がすぐに攻めてくるでしょう。

似たような議論ですが、三浦瑠麗さんも「現状維持以外に解はない」という冷静な判断をしつつも、

私は、現状の「対話と圧力」を、「国交回復交渉と軍拡」へとバージョンアップさせるべきと申し上げてきました。もっと言えば、日本も核抑止への当事者となるために非核三原則のうちの「持ち込ませず」を撤回して、米国との核共有を進めるべきと思っています。

などとかなり危なっかしいことを言っています。三浦さんの主張は、徴兵制施行論などもそうですが、表面は威勢が良くても、中身はかなり複雑な中道リアリズムに根ざしているので、面白いといえば面白いのですが、ポリティクスというのは、結局はもっと悪質な単純化を進めるような力学が働くものですから、結局は消費され、利用されるような可能性があるわけです。危なっかしいというのはそういうことです。もっとも、「米国との核共有論」の詳細説明は、この後に発表するそうですから、とりあえず、そちらを待つことにしましょう。

三浦さんと同様に、「朝ナマ」つながりでは、小林よしのり氏が先制攻撃論をブチ上げたそうですが、これは落語として聞くしかなさそうです。また、田原総一朗氏は、北朝鮮へのロシアの介入の可能性を示唆していますが、文脈としてはリアリズムというよりも、安倍外交への牽制ということのようです。

確かにロシアは北朝鮮国境に兵力を展開していますが、これは「万が一の火の粉がかからない」ための「山火事の延焼防止」的な出動で、それ以上でも以下でもないと思います。

いずれにしても、粗雑な議論がかなり目立って来たということは、反対に悪い意味での危機感が緩和の方向になってきたということなのかもしれず、そうであればカッカする必要はないのかもしれません。

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『冷泉彰彦のプリンストン通信』

著者/冷泉彰彦(記事一覧/メルマガ)

東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは毎月第1〜第4火曜日配信。

出典元:まぐまぐニュース!