命令はひと言「救え!」 空自現役ヘリパイロットが語る東日本大震災の現場
未曾有の被害をもたらした東日本大震災。その現場で輸送ヘリコプター「チヌーク」を駆り、救難活動をはじめさまざまな任務に従事した航空自衛隊の現役パイロットに、当時の様子などを聞きました。
震災発生 大型輸送ヘリコプター「チヌーク」で出動、しかし問題も
「私は阪神淡路大震災の被災者でした。当時、高校生だった私は自衛隊によって救助された人を目の当たりにしたり、生活支援等でお世話になったりしたことがきっかけとなり、航空自衛隊の門をたたく決意をしました。ですから東日本大震災において災害派遣へ出動した際は、今度は私が国民の皆様の手助けをするのだと、強い使命感に駆られました」(那覇ヘリコプター空輸隊 今井 誠3佐(取材当時))
2011(平成23)年3月11日に発生した東日本大震災。その現場で救難活動などに携わった、航空自衛隊航空救難団「那覇ヘリコプター空輸隊」に所属するCH-47J「チヌーク」大型輸送ヘリコプターのパイロット今井 誠3等空佐(取材当時)は、そのときの心境についてこのように振り返ります。
航空自衛隊の輸送ヘリコプターCH-47J(写真出典:航空自衛隊)。今井3佐は東日本大震災において、「チヌーク」の副操縦士として活動に従事しましたが、救難任務としての出動に際しひとつの大きな懸念を抱いていたといいます。というのも、「チヌーク」は強力なエンジンをふたつ搭載した、最大約8トンの荷物を搭載または吊り下げできるパワフルな大型ヘリコプターですが、そのぶん回転翼が生み出す「ダウンウォッシュ(吹き下ろしの風)」が強いことから、「チヌーク」による要救助者の救助には細心の注意が必要なことです。
CH-47J「チヌーク」大型輸送ヘリコプターと、パイロットの今井 誠3等空佐(当時)(2016年1月、関 賢太郎撮影)。「当時私が所属していた、入間ヘリコプター空輸隊での話ではないのですが、三沢ヘリコプター空輸隊ではCH-47Jで、それまで訓練でしか使用したことがなかったホイストでの吊り上げを実施しました。後になって聞いたことですが、そのやり方は、最大限高度を取ってホバリングし、吊り上げるという方法を取ったそうです。できるだけ高いホバリング状態から隊員を救難ホイストにより降下させ、要救助者とともに吊り上げることで、『チヌーク』のダウンウォッシュによる影響を軽減させたのです」(那覇ヘリコプター空輸隊 今井3佐(当時))
ところが、これは非常に難度の高い方法だったといいます。
高度な技術が可能とした救難活動
「皆さんも分かると思いますが、すぐ手前に存在する物体が動くと、それがほんの数センチでも敏感に知覚することができます。しかし遠くの物体ほど動きが分かりにくくなり、お月様などはほとんど静止して見えます。そのようなわけで、微妙な操縦で絶えずバランスをとる必要があるホバリングは、動きを把握しやすい地面に近いほうがやりやすいのです。高度を高く取るということは、当然ホバリング精度を保つのが難しくなりますし、我々の『チヌーク』には救難専門のUH-60Jのような自動操縦がありませんから、ピタリと静止させなくてはならないホイスト(吊り上げケーブル)を使用した救助は至難だったと思います」(那覇ヘリコプター空輸隊 今井3佐(当時))
「チヌーク」の救難ホイスト。吊り上げケーブルの長さは約75mだが、高い高度のホバリングは困難であるため、50mを超える高度での吊り上げは相当に難しいという(2016年1月、関 賢太郎撮影)。しかし高い技量を持つ「チヌーク」乗員たちの活躍もあり、ホイストによる救助活動は成功し、多くの命を救うことができました。ただし大型でパワーのある『チヌーク』にとって一番『適材適所』といえるのは、『可能な限り、着陸して一度に多くの被災された方々を乗せて速やかに安全なところへ空輸し避難していただく』といった運用方法です。
もしも「チヌーク」が助けに来たら「逃げて下さい」?
もし、私たちが「チヌーク」に救助されるような事態に遭遇した場合、何か知っていると良いことはあるのでしょうか。
「救助がくると、皆さんつい嬉しくなって駆け寄ってしまうかもしれませんが、ダウンウォッシュが強いので、『あ! チヌークが来た』と思ったら、まず飛ばされる前に、すぐ逃げてください。皆さんが救助機をチヌークだと認識し、十分離れていただけたほうが、私たちとしても注意を別のところへ向けられますので、とても着陸しやすくなります(笑)」(那覇ヘリコプター空輸隊 今井3佐(当時))
東日本大震災においては、2011(平成23)年3月11日の地震発生から4月12日までの約1か月間に、陸海空自衛隊の航空機は延べ1万6000回の出動を行いました。那覇ヘリコプター空輸隊の所属する航空救難団だけでも、4月27日までに3436名を救助。また2571名と物資182トンを空輸し、208回の消火放水を実施しました。
那覇ヘリコプター空輸隊の隊員は、今日も出動せずにすむよう国民の無事息災を祈りつつ、ここ沖縄の美ら海において訓練を重ね、万一の事態に備えます。