カネとポスト「まさかの転落」する人しない人〜100%成果主義が来る!
■パナソニック、ソニーの「給与・昇進」制度が激変!
パナソニックやソニーが年功要素を排除した新賃金制度を導入すると報じられている。パナソニックは国内の全社員を対象に2014年10月から導入。ソニーは本体に勤める約1万4000人の全社員を対象に労組との協議を経て2015年度からの導入を目指している。
このニュースを聞いて「えっ、今さら成果主義、これまで成果主義じゃなかったの?」と思う人もいるかもしれない。とくにソニーのような先進企業であればなおさらである。
確かに1990年代後半から2000年代初頭にかけて日本企業の多くは“成果主義”の賃金制度を導入した。ソニーやパナソニックも同じ時期に導入している。
だが、一口に成果主義といっても会社によってその仕組みは大きく異なった。しかも完全な「成果給」ではなく年功的色彩が残る仕組みでもあった。
今回、両社が導入する賃金制度は一般的に「職務・役割給」と呼ばれているが、欧米企業の「職務給」に比較的近いものだ。
運用しだいでは年齢・年功色を完全になくしてしまうばかりではなく、昇格・降格が頻繁に繰り返され、部長から平社員に引きずり下ろすすさまじい破壊力を持った仕組みなのだ。
■今まではよくも悪くも生温い成果主義
職務・役割給を説明する前に、これまでの制度がどういうものであったかを紹介しよう。たとえば、パナソニックの現行制度はこう報じられている。
<社員の賃金は現在、「主事」「参事」などの資格に基づき、それぞれ一定の範囲内で上下する仕組みだった。一部で成果主義を取り入れてはいたものの、それほどの差が出ていなかった。>(『日本経済新聞7月30日付朝刊』)
じつはこの制度こそ日本の賃金制度を代表する「職能資格制度」(職能給)と呼ばれるものだ。
簡単に言えば、新入社員から幹部社員に至るまで、求められる職務遂行能力を等級ごとに定義し、その等級ごとに決められた給与を支払うものだ。その等級を「社内資格」と呼び、それによって支払われる賃金を「資格給」または「職能給」と呼んでいる。
パナソニックの主事、参事も社内資格の呼称である。そして資格を裏付ける職務遂行能力とはその人の仕事ぶりを見て「彼は主事であるが、参事の要件である知識や技能を身につけたな」と評価されれば、参事に上がることになる。これを「昇格」と呼ぶ。
実際に昇格するには、1年間の業績と上司が判定した行動評価の総合評価をもとに、人事部が最終的に判断する場合もあれば、論文や筆記試験などの「昇格試験」を課すところもある。
資格に必要な知識や技能などの能力を身につければ昇格し、給与も上がるが、能力がない人は給与も上がらない。
つまり、この仕組みをうまく運用すれば年功的な賃金になることはない。ところが、報道では「それほどの差が出ていなかった」という。
それはなぜか。職能給制度を廃止したIT企業の人事部長はその理由をこう語る。
「昇格に際して細かく社員の能力をチェックしているように見えるが、仕事に必要な技能は入社後の研修や現場の上司や先輩の指導によって自ずと向上していくものだ。よほどの事情がない限り、同じ職場で仕事を続ければ、個人差はあるにしても年数を重ねるごとに能力は上がる。また、評価する上司も『彼もこれぐらいのことができるようになったのだから昇格させてもよいだろう』と甘くなりがち。その結果、一定の年齢になれば昇格させるという年功的運用になってしまった」
極論すれば、これまでの職能給制度は「どんな実績を上げたか」ではなく、仕事に必要な「能力を身につけているか」を評価するためによほどのことがない限り能力が落ちることはない。
したがって給与が下がり、降格されることもない仕組みなのである。その結果、勤続年数や年齢が上がれば職能資格も上がる年功的給与になってしまった。
じつはソニーは2000年に管理職、04年に非管理職層のこの職能給制度を廃止し、新たに実績評価も加えた「期待貢献評価制度」を導入した。
だが、厳格なものではなく、たとえば降格させるには実績評価が低く「上司とのコミュニケーションを通じて、実績を出すための機会を与える」ことを要件とするなど甘いものだった。新聞でも「現行制度は過去の実績や将来への期待も含めて評価しており、結果として年功要素が残るのが課題だった」と報じている。
■4分の1が降格し、同時に4分の1が昇格<
パナソニックが導入する新制度は新たに担当する役割の大きさに応じて処遇を決定する役割等級制度を導入する。月例給は、役割等級に基づいて支給し、個人の貢献度や所属部門の業績は賞与に反映される。
ソニーは「現在果たしている役割」のみに着目した「ジョブグレード制度」を導入し、年功要素を完全に排除するとしている。基本的には「職務・役割給」制度(以下、役割給制度)である。
では何がどう変わるのか。
従来の職能給制度が、本人の能力など「人」を基準に決定していたのに対し、「仕事」を基準に賃金を決定する。
年齢や能力に関係なく、本人が従事している職務や役割に着目し、同一の役割であれば給与も同じにする。ポスト(椅子)で給与が決定し、ポストにふさわしい役割を果たせなければ給与も下がる。つまり、降格・降給が発生する。
職能給は「本人が身につけた能力」に支払われるので、一度上がると下がらない。しかし、役割給は人事部長800万円、人事課長500万円というように部長や課長という役割に値段がついている。
したがって「あなたは部長の役割を果たしていませんね」という人事評価が下れば課長に降格され、給与は800万円から500万円に減ることになる。
役割給制度は毎年役割の見直しが実施され、若くても優秀な人材を抜擢できる一方、職責を全うできない社員を随時降格できる。
ということはこれまで「資格」だけで高給を得ていた"名ばかり管理職"を一掃できる。
会社にとってのメリットはそれだけではない。これまで職能給制度によって下げることが難しかった給与(固定費)を流動費化できる。
つまり、昇・降格(正確には昇・降級)によって人件費の削減を含む調整が可能になることだ。
両社の新制度に関しても「総人件費も数%減る見通し」(パナソニック)、「評価にメリハリをつけるため、総人件費は下がる見通し」(ソニー)などと報じられている。
この制度の威力は実際にすごい。
3年前に役割給制度を導入したIT関連企業の人事部長はこう語る。
「導入した1年目に4分の1が降格し、同数が昇格した。2年目には管理職の半数近くが入れ替わったが、新制度によって新陳代謝が進み、若手社員のやる気を引き出す効果もある。人事としても人件費の裁量部分が増えたので、成果を上げた優秀な人材に手厚い報酬を上げることができるようになった」
若手社員にとっては給与も上がり、昇進のチャンスが広がることになるが、役割給制度の下では、現在の地位や給与に安住することは許されなくなる。
日本企業で最初に非管理職層も含めて役割給制度を導入したのはキヤノンだった。導入と同時に定期昇給制度や住宅手当、家族手当など諸手当もすべて廃止した。導入3年目には、管理職層に300人が昇格する一方、150人が降格した。ソフトバンクも同様の制度を06年に導入している。
実際に役割給制度の導入も進んでいる。日本生産性本部の調査(2014年3月)では管理職の導入率は76.3%、非管理職層では58.0%に達している。
しかし、実際は職務遂行能力の高さを反映する職能給と併用している企業が多い。つまり、月給を「役割給+職能給」で構成し、職能給で生活保証給が維持されている格好だ。
役割給1本、しかも非管理職も対象にするパナソニック、ソニーの制度導入によって他の日本企業にも同じ動きが広がる可能性もある。
年功要素の廃止など制度の運用しだいでは、中高年管理職にとっては生活にも大きな影響を与えることになる。
(溝上憲文=文)