【自転車】片山右京「それぞれ異なるレーサーのタイプとは?」
遥かなるツール・ド・フランス 〜片山右京とTeamUKYOの挑戦〜
【連載・第13回】
現在、ロードレースの本場欧州では、第101回ツール・ド・フランスが開催されている。7月5日にイギリスのリーズからスタートした今年は、7月27日のパリ・シャンゼリゼで終幕を迎える。3年後のツール参戦を目指すTeamUKYOの挑戦を追いかける上で、自転車ロードレースの基礎知識を知っておけば、よりその魅力が分かることだろう。そこで今回は、現在行なわれているツール・ド・フランスの情報を織り交ぜながら、自転車ロードレースの基本的な見かたを紹介する。
ツール・ド・フランスなどの長期間に渡って行なわれるステージレースでは、1日当たり約200キロの区間を走行する。日本でいえば、東京〜静岡、あるいは大阪〜名古屋の距離を、自転車の大集団が毎日移動している姿を想像すればいいだろうか。
当然ながら、それだけの長い距離の間には、さまざまな自然地形を走行する。真っ平らな地面が続く場所もあれば、傾斜の急な山道の登坂が延々と続く区間もある。また、細かい起伏を何度も繰り返す区域もあるだろう。これらの日々のコース(ステージ)の特徴によって、例えば今年のツール・ド・フランスは、
・平坦(flat)ステージ → 9ステージ
・中級山岳(hill)ステージ → 5ステージ
・上級山岳(mountain)ステージ → 6ステージ(そのうち山頂ゴールが5ステージ)
・個人タイムトライアル(ITT)ステージ → 1ステージ
と区分されている。
これら各ステージでの駆け引きや攻防については次回コラム以降に紹介する予定だが、コースレイアウトの特徴が異なれば、その各ステージで活躍する選手のタイプも当然ながら異なる。例えば同じような距離を走るランニング競技でも、箱根駅伝のような山登り区間の10キロと、フラットな400メートルトラックを25周する1万メートルでは、選手に要求される身体能力が異なることを想起すれば、それが自転車の世界でも同様にあてはまることは容易に理解できるだろう。
自転車ロードレースの世界では、そのような選手の特徴やタイプを、「脚質」別に大きく5種類ほどに分類することが多いようだ。もちろん、すべての選手がこれらのタイプに収まりきるわけではない。以下で紹介する脚質の分類は、あくまで便宜上の類型として理解いただきたい。
【スプリンター】
文字どおり、瞬発的なスプリント力に優れる選手。平坦が基調のステージの際、ゴール前数百メートルに集団でなだれ込んだときには、彼らスプリンターが激烈なバトルを展開する。
イギリスのリーズで始まった今年のツールでは、初日のゴール手前で、ファビアン・カンチェラーラ(スイス/トレック・ファクトリー・レーシング)が飛び出したのをキッカケに、スプリンターたちのデッドヒートにもつれ込んだ。この瞬発力バトルに勝ったのは、昨年のツールでステージ4勝を挙げたマルセル・キッテル(ドイツ/チーム・ジャイアント・シマノ)。イギリスを代表するスプリンターのマーク・カヴェンディッシュ(オメガファーマ・クイックステップ)は、このバトルで接触して落車し、肩を負傷。以後のステージをリタイアすることになった。
【ルーラー】
平地で長距離を高速走行することに優れた能力を発揮する選手。なかでも、単独で一定距離のタイムを競う個人タイムトライアルに秀でた選手は「TT(タイムトライアル)スペシャリスト」と呼ばれる。
上記のカンチェラーラは、典型的なTTスペシャリストで、タイムトライアル世界選手権で4度優勝(2006年・2007年・2009年・2010年)し、2008年の北京五輪でも金メダルを獲得している。
【パンチャー】
距離の短い急坂などで、文字どおりパンチのある攻撃を仕掛けることのできる選手。集団を飛び出して積極的に逃げを図ったり、あるいはその逃げを追走して潰しにかかる際にも活躍する。今年のツールに参戦している新城幸也(チーム・ユーロップカー)はまさにこのタイプで、レースの国際映像で彼がフィーチャーされる走りは、典型的なパンチャーのものだ。
【クライマー】
ときに20%を超える急峻な「激坂」をぐいぐいとペダルを踏んで登っていく姿は、彼らの人間としての性能が飛び抜けて優れていることを何よりも証明するものであり、そんな彼らの山岳バトルは、自転車競技でしか味わうことのできない感動的な場面だ。過去のツールで繰り広げられた伝説的クライマーたちによる数々の名シーンは、いまだに語り継がれている。
2014年のジロ・デ・イタリアで総合優勝を飾ったナイロ・キンタナ(コロンビア/モビスター・チーム)は、現代を代表するクライマーのひとり。
【オールラウンダー】
すべての能力をまんべんなく兼ね備えた選手。山岳やタイムトライアルなど、特別な資質に注目すると各スペシャリストに一歩譲ることもあるが、平均して高い能力を備えているため、全ステージの総合優勝争いに生き残るのは、このタイプであることが多い。
今大会の優勝候補筆、アルベルト・コンタドール(スペイン/ティンコフ・サクソ)や、7月12日現在総合首位につけている2013年ツール総合3位のヴィンチェンツォ・ニーバリ(イタリア/アスタナ・チーム)などが、オールラウンダータイプの典型的選手だ。
一方、TeamUKYOの選手の例で示すならば、昨年春の来日直後に行なわれた伊吹山ヒルクライムで圧倒的な速さを発揮し、今年の伊吹山も連覇して山岳レースでのずば抜けた能力を披露したホセ・ビセンテ(スペイン)。それらの事実から、ホセはクライマーと思われがちだが、むしろ総合的な能力の高いオールラウンダーといったほうが適切だろう。7月6日に伊豆・修善寺の日本サイクルスポーツセンターで行なわれたJプロツアー第10戦・東日本ロードクラシックは、参戦99選手中、完走は13名という苛酷な展開になったが、そのサバイバルレースでホセは終盤まで独走状態を保った。
このレースでは、ホセと同様に、チームメイトの土井雪広も序盤からトップグループを構成した。土井もまた、あらゆる局面で高い能力を発揮するオールラウンダータイプの選手で、レース後半にはトップに立って何度かアタックを仕掛けた。最後はゴール直前のスプリント勝負になり、土井は惜しくも僅差の2位、ホセは4位でチェッカーを受けた。
このように、チーム内にどのようなタイプの選手を揃えるかによって、レースに参戦する各チームの戦略や、達成すべき目標は大きく異なってくる。将棋に喩(たと)えるならば、金将や銀将を揃えて固い勝負を進めるのか、飛車や角行の大駒で派手な勝負に出るか、それとも香車や桂馬で小回りの利く戦いを仕掛けるか----といった違い、とでもいえばいいだろうか。
次回は、長いステージレースでチームが狙う各賞や戦術、駆け引きなどについて話を進めていきたい。
(次回に続く)
西村章●構成・文 text by Nishimura Akira