コンマ1秒を争うモータースポーツの世界では、正確な計時が必要だ。失敗したからもう一度。ということは許されないため、常に最新技術が投入されている。この最先端の計時技術をサポートするのが時計メーカーの役割であり、人気の高いカテゴリーには有名ブランドが名を揃える。

 モータースポーツの最高峰であるF1は、今年から「ロレックス」がオフィシャルタイミングパートナー。昨年がスポーツクロノグラフの傑作「デイトナ」の50周年だったこともあり、モータースポーツに力を入れ始めている。テレビ中継を見ていても、コース内に大きなロゴマークを掲げており、パートナーシップを強くアピールしている。

 ちなみに2014年9月から始まるFIA(国際自動車連盟)の新カテゴリー「フォーミュラE」のオフィシャルタイミングパートナーは「タグ・ホイヤー」が担当。タグ・ホイヤーは「インディ500」も担当しており、モータースポーツへの深い理解と愛情を感じることができる。

 そのほかのFIA管轄のレースでは、「WRC(世界ラリー選手権)」で、タフなスポーツウォッチを得意とする「エドックス」が、「WEC(世界耐久選手権)」で、ロレックスの弟分である「チュードル」が、それぞれオフィシャルタイミングパートナーになっている。

 それでは2輪ロードレースはどうだろうか? FIM(国際モーターサイクリズム連盟)が管轄する最高峰カテゴリー「MotoGP」だけでなく、市販車を改造したマシンが競い合う「SBK(スーパーバイク世界選手権)」、鈴鹿8耐も属する「FIM耐久選手権」もすべて、オフィシャルタイミングパートナーは、ティソが担当している。つまりバイクレース=ティソなのだ。

 しかもこの関係は最近始まったのではない。たとえばMotoGPの場合、まだWGPと呼ばれていた2001年からティソがオフィシャルタイミングパートナーになっており、この手の業界としては珍しく14年目を迎えている。この継続性も、2輪ロードレース界におけるティソの存在感の大きさにつながっている。

 ティソは1853年に創業したスイス屈指の老舗ブランドで、常に上位の売り上げを誇るメガブランドである。さまざまなバリエーションのモデルをラインナップしているが、どれもが購入しやすい価格帯なので、"本格時計の入門ブランド"として評価されている。

 ティソが人気の理由は、その普遍性にあるだろう。中心価格帯が10万円前後でありながら、高品質な時計を作っており、過去の豊富なアーカイブを引用したデザインのクラシックウォッチも得意だ。その一方で、スポーツウォッチやハイテクウォッチにも力を入れている。

 バリエーションが多い=主体性がないとみられがちだが、ティソが目指しているのは、スイス時計とのファーストコンタクトのブランドになること。色々なバリエーションは、すなわち入口の多さであり、最終的にスイスウォッチが持つクオリティの高さを理解してもらうことが主眼にある。ティソはその姿勢にブレがない。MotoGPとの長きにわたるパートナーシップも、知名度を高めるためのブレのない戦略だ。

 ティソでは、MotoGPとのパートナーシップの中で、2003年からオフィシャルウォッチの製造もスタートさせた。彼らの「推しメン」は、アメリカ人ライダーのニッキー・ヘイデン。2006年からアンバサダーに就任し、今年もコラボレーションモデルが登場。二者の蜜月関係を示している。

 それにしても、ティソは懐(ふところ)が深い。アンバサダーというのはブランドの顔である。となれば強者を好むのは当然だ。ニッキー・ヘイデンは、パートナーシップを締結した2006年こそ、いきなりチャンピオンを獲得したが、その後はずっと苦戦を強いられている。

 現在のMotoGPは、新鋭にして昨季王者の天才、マルク・マルケスとそのライバルであるホルヘ・ロレンソというふたりのスペイン人ライダーがシーズンを牽引中。そこに、過去6度王者になっているイタリアのベテラン、バレンティーノ・ロッシが絡んでいく。その一方でニッキー・ヘイデンはケガの影響もあって、残念ながら大活躍とは言い難い状況にある。それでも、ティソはパートナーシップを結び続けている。ここにもブレがない。

 GPレーサーきっての"いい奴"だと言われるニッキー・ヘイデンは、"とっつきやすく、入口になりやすい"というティソのポリシーに近いからだろうか。今シーズンもケガに悩まされるなか、ニッキーにもうひと花咲かして欲しいと思っている人も多いはず。その筆頭が、苦楽を共にしてきたティソであることは間違いない。

篠田哲生●文 text by Shinoda Tetsuo