日本は「モノを小さくして、省スペースに多機能を詰めこむ技術」に長けているといわれる。それを日本伝統文化にたとえて、"ボンサイ技術"と賛美されたりもした。クルマにおけるボンサイ技術の最たるものは、いうまでもなく軽自動車(以下、軽)であり、その軽の販売で、昨秋の発売からずっとトップなのが、このダイハツ・タントである。

 そもそもタントは背高大容量タイプの草分けであり、先代で左側ピラーレススライドドア(右側は普通のドア)なんていう超飛び道具まで仕込んだ「あらゆるものを詰めこんだ軽」の典型だった。そしてワゴンRやムーヴとならんで、ずっとベストセラー軽の一角を占め続けてきた。しかし、2年半ほど前にホンダN-BOXが出ると状況は一変。タントの二番・三番煎じ(?)で登場したN-BOXに、タントは後塵を拝することになったのだ。

 この3代目タントはそういう危機的状況(!)のなかで企画開発された。しかも、その発売半年前には、ダイハツ永遠の宿敵スズキがスペーシア(第53回参照)をひと足先に発売。これもまた、タントにない小さな工夫を散りばめて、とてもデキがよかった。

 発売前から「ピラーレスを止めてN-BOXやスペーシアに追随する?」だの「ヒネリを加えて別路線にいく?」と、さまざまに勝手な予測をされた3代目タントだが、結局は外野の事前予想のはるか上をいく「超正常進化!?」というべきものだった。

 タントはもちろん、ライバル同様に両側スライドドアにはなったが、なんと左側ピラーレス構造も捨てなかった! ここまで複雑なボディ構造だと、普通はとんでもなく重くなるはずだが、ボディの一部を樹脂パネルにしてまで、従来型と同等重量におさえこんだのだ!!

 また「これ以上広くするのは物理的に無理!?」と思われた室内空間も、窓をさらに垂直に近づけるなどして開放感をアップ、話題の追突防止オートブレーキもあって、燃費も向上、これまで唯一の小さな弱点だった後席スライドも待望の左右独立式。しまいには高級ミニバンばりの後席10.2インチモニターまでありまっせ......と「ないものはマジでない!」のすさまじき詰め込みっぷり。軽のボディにこれだけのネタを全部乗せするとは、まさに究極のボンサイ技術というほかない。ダイハツ......というか、日本人はやっぱスゲエ!!

 ......と、これだけでも、ボンサイ好き日本人のツボを刺激しまくってくれるタント。しかし、ワタシにとってそれ以上のツボは、先代比で飛躍的に走りがよくなったことだ。

 タントは歩幅がせまくて重心が高いカタチをしていて、しかもボディの剛性バランスにも左右で片寄っている。そんなクセの強そうなクルマを、こんなに自然に走らせるとは素直に驚く。先代タントではそういうクセを解消しきれておらず、走るととどことなくフラフラして、ワタシは運転していてクルマ酔いするほどだった。

 しかし、新しいタントの走りには、そういう悪いクセや変な雑味がまったくなくなった。高速でもスーッと自然にまっすぐ走って、横風にも弱くなく、カーブでもそれなりにコシがあって、加速でも減速でもクルマ酔いを誘発しそうな気持ち悪さはいっさいない。先代タントに乗った経験があるなら「これ、なんの魔法?」といいたくなるほどの激変なのだ。

 それにしても、軽というかぎられた枠と価格で、これだけの要素を詰めこんで、しかもこんな(自動車としては)イビツな物体をここまで見事に走らせるとは......。これはもう、スタンディングオベーションするしかない超力作である。同時に、タントのあちこちからムンムンと匂ってくる作り手の執念には、(いい意味で)トリハダが立ってしまう。

 かつて世界を席捲した日本のボンサイ技術だが、最新のハイテクボンサイともいえるスマホの世界では、日本企業がなんとなく冴えないのに残念な気がしないでもない。

 しかし、スマホはしょせん電子部品の集まりでしかない。クルマはちがう。金属や樹脂やガラスでできた無数の精密部品が、たがいに絡み合って、1tもの荷重を支えて、それでいて生き物のように精巧に動いて、しかも高速移動する機械である。軽サイズでやって見せることこそ、本物のボンサイ技術である。タントを見ていると、日本人はまだまだボンサイ技術世界一のツボを失っていない......と胸を張りたくなる。

佐野弘宗●取材・文 text by Sano Hiromune