【新車のツボ79】レクサスIS-F″ダイナミックスポーツチューニング″試乗レポート
この原稿を書いている真っ最中に、レクサスIS-Fの販売が今月18日をもって終了したことが正式発表された。というわけで、このクルマを紹介するのも今さら......の感が否めないが、それでもあえて取り上げさせていただきたい。なぜなら、IS-F、とりわけこの"ダイナミックスポーツチューニング"なる特別仕様車は間違いなく"歴史に残るレクサス"として後世語り継がれると思うからだ。
2007年末に発売されたレクサスIS-Fは、ベースとなった先代ISシリーズから約2年おくれで追加された超高性能ISである。そもそもV6エンジンのISに、実質トヨタ最強の5.0リッターV8をねじ込んだシロモノだ。
このサイズのボディに5.0リッター。しかも、そのV8は400馬力を軽く超える専用特別チューン。そんなIS-Fが速いのは当たり前。安全関連の電子制御をカットすると、アクセルを踏んだ瞬間に後輪から白煙を上げるほどだ。速度リミッターのつかない海外仕様では、最高速度は270km/hに達する!
IS-Fは最初から富士スピードウェイなどの本格的なクローズドサーキット(一般道とは比較にならないくらい路面グリップが高い)で思い切り遊べるのが基本コンセプト。だから、乗り心地は見事にガッチガチだ。
一般道を少しでも想定した市販スポーツカーの場合、市街地ではゴツゴツしても、たとえば高速道や山坂道などでスピードや外部からの入力が高まると、血が通ったように活き活きする"スウィートスポット"があるものだが、IS-Fは公道のどこをどう走ってもガチガチのまま。ハイグリップなサーキットを、速度リミッター解除でマジ爆走することを追求したIS-Fには、公道で到達できる領域なんぞは「肩慣らしにもならん!」のだろう。
ただ、IS-Fにとって屁でもない(?)公道でも、乗っているほうはすこぶる楽しい。ホント、震えるほど気持ちいい。
乗り心地はメチャクチャ硬いのに、ワダチや路面の凸凹を通過しても、無粋に跳んだり、進路が乱されたり......はまったくない。高速道ではステアリングを軽く指でつまむだけで、ドピューッと矢のように直進する。IS-Fは下手を打てば、その場でクルンとスピンしてしまうほどの高出力後輪駆動車だが、命綱となる後輪のグリップ状況が手に取るようにわかるので不安感にはいっさい駆られない。それどころか「まだまだイケたかな、次はもうちょっと頑張ってみよう」と、自然と積極的な運転になっていく。
こういう「硬いのに跳ねない、チョロつかない」あるいは「路面やクルマの状況をリアルタイムで直感させる」という味わいは、過剰性能車をアマチュアに気持ちよく運転させるには絶対不可欠なツボであり、これは活きた道で真面目に鍛えないと絶対に出せない。この点だけをもっても、IS-Fは本物だ。
ただ、発売当初のIS-Fは「意あまって力足らず」の部分も多かった。とくに後輪グリップは雲をつかむようなバーチャル風味で、ワタシごときが、自信をもってアクセルを踏めるクルマではなかった。しかし、07年の発売からモデル最末期の昨年まで、IS-Fは毎年のように改良の手を入れて、磨いて磨いて磨きまくって、この"本物の味"に到達したのだ。
こういう「クルマを育てる」という行為こそ、今までの日本メーカー......とくにトヨタには不足していた部分だった。IS-Fのツボは、クルマそのものの素晴らしいデキと味わいに加えて、そんな日本のクルマ史に残る壮大なストーリー(!)そのものである。
なかでも今回の特別仕様車"ダイナミックスポーツチューニング"は、そのIS-Fストーリーの集大成。エンジン各部品を組み立ててからの1基ずつのバランス取り(!)や接着技術を使ったボディ強化対策(!!)、超高速でのダウンフォースをマジで追求した専用エアロパーツ(しかも見た目にはほぼノーマルのまま!!!)といいった、なんともシブくて超絶にマニアックな職人技を投入したモデル。ノーマル比で約250万円高という超高額商品だが、そこに使われた人件費や技術力、メーカーでならではのシブすぎる内容を考えれば、ツボを射抜かれたマニアは、それを不当に高いとは思わないだろう。
残念なことに、IS-Fの新車を買うことはもうできないが、この最終進化型IS-Fは、おそらくマニア業界ではヴィンテージモデルとして今後もてはやされるだろう。すでに買っちゃっていた人は果報者である。
佐野弘宗●取材・文 text by Sano Hiromune