竹内智香(撮影:フォート・キシモト)

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26日放送、TBS「NEWS23」には、ソチ五輪スノーボード・パラレル大回転で銀メダルを獲得した竹内智香が出演。「メダルへの3つの決断!!」と題し、五輪に挑み続けた12年間を振り返った。

「このマイナー競技を取り上げて頂いているので、メディアを通してお礼を伝えられたら」と切り出した竹内だが、メダル獲得については「特にこの2年間完璧に準備をしてきた」とキッパリ言い切った。

そんな竹内の最初の大きな決断は、2006年のトリノ五輪(9位)後からスイス代表チームの練習に参加させてほしいと直談判したことだという。「日本では歴史がなかったので、どこか強い国に教えてほしいと思った。(ツテはなく)W杯では彼らに会うことができるので、その会場で一緒に練習させて貰えないかってお願いしました」と明かすと、「本当に日本人が通用しない種目なのかなって。それを確かめたくて」と続けた。

さらに、2010年のバンクーバー五輪で13位に終わると、フェリックス・スタドラーコーチに弟子入り、そして、練習拠点を日本に戻すという二つの決断を下した。

「スイスチームの環境が非常に良くて、そこから日本に帰るのは、上がってきた階段を下りるみたいだったが、フェリックスに“オリンピックは国を代表して戦うもので感謝をして沢山の日本人に応援して貰うことが大事”って言われて。やっぱり練習環境に不満があったが、監督が“環境を準備するから”って言って一緒に日本に戻ることにしました」と語った竹内は、「スイスに居た時は日本に対する不満が多かった」としながらも、「日本に戻って日本の人たちに応援されることで感謝の気持ちだったり、応援してくれた人たちのために頑張りたいって。応援されることで気持ちも楽にスタートができて、何のプレッシャーも感じなかったので応援と支えはスゴイなと思いました」と、変化した心情や応援してくれた人々への感謝を述べた。

また、番組内では竹内とは親友とされる女子サッカー・丸山桂里奈のビデオメッセージが紹介された。丸山は「(竹内は)初対面から“ヨウ!”みたいな感じ。本人が5歳くらい違うよみたいなことを言ってたから今まで信じてて、メダル獲って新聞見た時に30歳って書いてあったから“えっ”みたいな」と暴露すると、竹内自身については「とりあえず自由奔放。多分付き合えないと思う。日本の男子だったら。そういうタイプだと思う」と語り、スタジオに笑いを誘った。