左からカロリーナ・コストナー、アデリナ・ソトニコワ、キム・ヨナ (写真:フォート・キシモト)
 前回の記事において、アスリートの「メダル噛み」行為に対する否定する人々の根幹にあるのは、「爪を噛む」「鉛筆を噛む」ことを禁ずるのと同様の、「しつけイデオロギー」ではないかと考えました。

 その意味では、バンクーバー五輪でスノーボード選手が「腰パン」を非難された事件や、茶髪禁止・丸坊主推奨な運動部にも同様の傾向を見ることができるかもしれません。アスリートに対して、世間並み以上の純粋さやストイックさを期待する向きが、品行方正な立ち居振る舞いを強く求めるという側面はあるでしょう。

 しかし、賛成派の主張にもあるように、「メダル噛み」には単に個人の主義主張やファッションを超えた要素もあります。それは、「メダル噛み」のポーズがグローバルに定番化しており、メディアからも「メダルを噛む」ことを期待される場合があるという点です。「medal bite」などの検索ワードで画像を探すと、むしろ日本以外でこそ「メダル噛み」は見られることが確認できます。

 品位の有無はともかく、このポーズを是とし、期待している人がいる以上、それに応じる選手が出ることは止められません。「メダル噛み」否定派が世界中にその主張を広めて、いちいち「イヤです」とお断りする手間を省いてくれるわけではないのですから。

 もし否定派と賛成派が折り合えるとしたら、この「メダル噛み撮影」にこそチャンスがあるのではないでしょうか。選手側としても趣味でメダルを噛んでいるという人は、ごく少数でしょう。要は、メダルを持って記念撮影するときに、もっとカッコよく決まるポーズがあれば事足りるのです。

↓たとえば「噛む」よりは受け入れられそうな「キス」のポーズ

(参照:http://www.asahi.com/articles/photo/AS20140220000513.html

 そもそも、「噛む」というポーズは記念撮影には不向きです。人間の口がメダルの直径より開かない以上、「噛み」ながらメダルの表面を見せることは難しい。多くのケースでも、メダルの側面を見せてしまっています。

 メダルにはその大会ごとの特色が現れており、メダルの意匠を見ればどの大会かわかるくらいに違いがあります。近年は表面の模様だけでなく、形状や素材でもさまざまな工夫が見られるほど。

 特に冬季五輪はバリエーションが豊かで、日本で開催した長野冬季五輪のメダルは、表面に木曽漆による蒔絵の技法が使われ、七宝焼によるエンブレムの加工が施されています。トリノ五輪は中央に穴が開いたドーナツ型でしたし、ソチ五輪はポリカーボネート樹脂による透明部分が特徴的です。

 それらを「噛む」ことで見えづらくしてしまうのは、選手にとってもメディアにとっても不本意なはず。メダルのデザインに応じたカッコイイ持ち方を考え、メディア側が選手に提案していけば、どうしてもメダルを噛む必要はなくなるのです。

 「とりあえず噛ませておけばいいだろ」と惰性で撮影するメディアこそが、「メダル噛み」論争を生む最大の要因に思います。否定派も、選手に苦言を呈するのではなく、メディア側に「よりカッコイイポーズ」を教えてあげるほうが速やかに目的を果たせるのではないでしょうか。

↓ソチ五輪のメダルなら「噛む」よりも「覗く」ほうが向いている?

(参照:http://www.sochi2014.com/en/photo-gallery-sochi-2014-day-9-medal-ceremony?photoid=0000003873

 ちなみに、メダルを噛んで痛い目に遭う場合もあります。バンクーバー五輪のリュージュ男子1人乗りで銀メダルを獲得したドイツ代表ダビット・メラーさんの場合、メダルをカチーンと噛んだところ、歯がボキーンと折れてしまったのです(※参照:http://i.nbcolympics.com/olympicpulse/blogs/blog=thesledshed/postid=427584.html)。リュージュを降りて歯医者の診察台に乗ったメラーさんは、間違いなく「メダルは噛まないほうがいい」と思っていることでしょう…。

(文=フモフモ編集長 http://blog.livedoor.jp/vitaminw/

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