定年退職者を、僧侶として受け入れる。

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私は、父親が34歳の時に産まれた子供。今、ちょうど自分が34歳だから、父の年齢は68〜69歳になるわけだ。……ハッキリ言って、まだまだ元気です。自営業だからいまだに仕事は続けているし、リタイアしたあの人の姿は想像できない。
でも、会社勤めの人はそうも行かず。現代の60歳って、元気じゃないですか。なのに、そのパワーを持て余すしかない毎日が余儀なくされる。
いや、そういう生き方もいいんですよ。望んでいたならば、そんな日々を満喫するのも悪くない。でも、“定年”を新たなスタート地点とする生き方があったっていいじゃないですか。

そこで、ちょっと興味深い情報があります。臨済宗妙心寺派では定年退職者に向け、“第2の人生”として「僧侶」の道を勧めている。

この試みを始めたきっかけには、大きく二つの要素が挙げられるという。
「まず地方に住んでいた方が進学や就職などで上京し、“宗教的根無し草”状態になってしまっている現状があります」(妙心寺派・担当者)
地元に居たままなら、近隣との生活の中で宗教的な繋がりが保たれていたかもしれない。しかし都会での学校や企業の生活に集中すると、それらへの関心が薄れてしまう。
「そんな方たちが定年を迎えた後、経済的だけでなく“心の平穏”を重視する生活を送ってもらえれば……。そんな風に考えました」(担当者)

そして、もう一つ。全国に約3000もの寺がある同派だが、その内のおよそ三分の一の寺は住職が居ない状態になっているという。
「お寺が無住となる原因は様々ですが、大きな理由の一つとして経済的な問題があります」(担当者)
特に過疎地だと檀家も少なくなっており、自ずと僧侶の収入も減少傾向となってしまう。ということは、僧侶のなり手も現れづらくなる。
「年金を受け取っており、“お寺での収入に依存し過ぎない”中高年の方に僧侶になっていただけたら……。それも、この試みのきっかけの一つです」(担当者)

と言っても「なりたいです」、「どうぞ!」と手軽になれる僧侶ではない。そこには、長く厳しい修業の道があるらしい。
では、どのような道のりが控えているのか? 説明すると、まず希望者には同派が紹介したお坊さんと面談してもらい、そこで話が合えば紹介されたお坊さんが希望者の師匠となる。そこで所作や読経の仕方など指導を受けるわけだ。
その後、“専門道場”と呼ばれる修行専門のお寺で修行に励むことになる(最低1年)。結果、修行を終えたとしても、そこからトントン拍子に事が進むとは限らない。
「紹介するお寺ですが、都会の場合はほとんどありません。もしかしたら、田舎の僻地かもしれない。すると、ご家族(特に奥さん)のご理解が必要となります」(担当者)
本人が望んでいたとしても、人生のパートナーである妻を置いてけぼりにするわけにはいかない。そこで自分本位に行動してしまったら、本末転倒だと思うのだ。また、受け入れる側のお寺や地元の方からの理解も必要となる。当たり前だけど、僧侶になるまでは苦労の連続であります。

ところで。以前より中高年になってから僧侶に“転向”する人が他宗より多かった同派なのだが、PR活動を始めたのは昨年の11月からだそう。それ以来、問い合わせは130人を超えている。
「教員だった方からのお問い合わせが多いです。また、外国語が堪能な方からは『語学力を活かせないか?』というお声もあります」(担当者)
しかしである。何か能力があるから「僧侶の適性がある」という評価にはつながらないわけで。
「皆さんに、まずお伝えするのは『そういうスキルを脱ぎませんか?』ということです。“裸”になるのが修行ですから」(担当者)
まずは修行に邁進し、自分を見つめ直す。そして“裸の自分”になって、そこで初めて企業人時代のスキルを活かす。すると、以前とは全く違ったスキルの活かし方ができるはずである。
「裸の心にならないと、本当の意味でスキルは活かせません。企業人のままですと、色々な軋轢も出てしまうでしょう。ただ、そのスキルは無駄ではないんですよ。“僧侶”というグラウンドの中で、そのスキルを披露していただくわけです」(担当者)

最後に、同派からの視点についても。今回の試みは、実は現役僧侶にとっても修行の一環になっているのだ。
「私たちはある意味、異質な職業です。閉鎖的でもあります。企業人からすると『世間のこと、何も知らないんだな』と見える部分もあるでしょう。一方で『素晴らしいな』と感じる面もあると思います。それは、我々からしても同様です」(担当者)
一生修行なのが、「僧侶」という生き方。企業人と接することで刺激を受け、より高みに登ることができる。“志す側”と“受け入れる側”の相互作用を望むことができるのが、この企画なのだ。

人生は長いが、修行は一生続く。“第二の人生”にも、様々な道があります。
(寺西ジャジューカ)