『聴こえてる、ふりをしただけ』 渋谷アップリンク公開中、他順次公開予定。

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「絶対まっててね」と行ってトイレに入る少女。
待っているもうひとりの少女。
「サッちゃん、お守りもってる?」とトイレの中から聴かれて、うんと答える。

8月11日から渋谷アップリンクで上映スタート。
『聴こえてる、ふりをしただけ』を紹介する。

サチは、黒い服を着て、ぼうっとしている。
おばさんが慰める。
「急だったものね。でもね、お母さんはさっちゃんのことずっと見守ってくれてるからね」

主人公は11歳の少女サチ。
彼女の母は、不慮の事故で亡くなってしまう。

「死んだ母が見守ってくれる」と大人はこともなげに言うが、同時に、霊はいないとも語る。
「私たちが感じていることとか考えていることは全部のうみその働きなんです」

クラスメートも「霊とかこの世にいるわけないじゃん。うちら五年だよ」まだそんなものを信じてるの?と驚く。
サチはつぶやく。
「いないのかな、霊って」

そのなかで、転入生の女の子だけが、幽霊を信じている。
「ひとりで行くの怖いもん、おばけがでるもん」
と言って、トイレに行けない。
サチは、彼女がトイレに行くときは必ず一緒につきあう。
おばけを怖がる彼女を見守る。

「いつでもお母さんが一緒なんだね。きっとさっちゃんのこと見守ってくれてるよ」と言う先生に対して、「じゃあ、どうして告げ口なんていじわるされるんですか」と聞き返してしまうサチ。


精神科医名越康文は、本作について、次のようにコメントしている。
この映画を、最後までじっと観たら、
昔、息の根を絶たれてしまった自分への思いが統合されるだろう。
魂の温度に触れることができる作品。

映画は、99分間、ずっと11歳の少女サチに寄り添うようにして、静かに進んでいく。
主人公を演じる野中はな、転入生を演じる郷田芽瑠のふたりの演技(ときにドキュメンタリーのように感じられるほど、ゆっくりと「待つ」ように撮られたシーン)が、すばらしい。

ベルリン国際映画祭「ジェネレーションKプラス」部門で“子ども審査員特別賞”を受賞。
監督の今泉かおりは、精神科の看護師であり、2人の子どもの母親でもある。本作が初劇場長編作品。

いじめのニュースが報じられ、語られ、いろいろな大人が解決策をめぐる発言を繰り返している。
この映画はいじめを直接語ったものではない。具体的な解決策を提示するものでもない。
でも、短い言葉だけではなくて、こどもの姿に99分の間、ゆっくりと寄り添い、自分のこどものころの気持ちにもどることは、考えはじめるための土台として大切だと思う。
だれも「いい子」ではないし、「わるい子」でもない。
静かに、寄り添う。
そこから生じる気持ちを受け取る。
『聴こえてる、ふりをしただけ』を、ぜひ感じてください。(米光一成)