『鍵のかかった部屋』貴志祐介/角川書店

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春の新ドラマ、放映前に読んでもらいたい原作情報シリーズ第2弾。
本日16日の夜9時から始まるCX系ドラマ「鍵のかかった部屋」は、貴志祐介の同名作品が原作である。嵐のリーダー、大野智が主演するということで大きな話題になっている。
ご存じのとおり、いわゆる〈月9〉枠で本格的な謎解きのミステリーが放映されることはたいへん珍しい。おそらく原作のファンは、どのようなアレンジが施されているか、気になっていることはずだ。そういう方には一言だけお伝えしておけば十分だろう。
たぶん、謎解き部分で失望することはないと思います。
なのでどうぞ安心を。ドラマ化された際にテレビ画面の前で愕然としてしまったあの作品とかあの作品みたいな(特に名を秘す)ことにはならないはずである。以上、原作ファンのケア、おしまい。

このあとは、そんなにミステリーには関心がないけど、話題作だから観てみようかな、という方のために書くことにする。
今回ドラマ化されるのは、榎本径と青砥純子のペアが活躍するミステリー・シリーズで、これまで硝子のハンマー』、『狐火の家』、『鍵のかかった部屋』の3作が刊行されている。最初の1作は長篇、あとの2作は短篇集だ。原作の榎本径は、新宿区でセキュリティ・ショップを開き、防犯コンサルタントを名乗っている人物として登場する。ドラマでは戸田恵梨香が演じる、ヒロインの青砥純子の職業は弁護士だ。彼女の『硝子のハンマー』で彼と初めて会う。ある人物の容疑を晴らすために、榎本の防犯についての知識が必要になったからだ。彼女は初対面のとき「色白で、繊細な感じのする細面」の榎本を見て「三十代の半ばくらいか」と考えている。風貌についてはそれ以上の描写がなく、この第一印象が正しいかどうかはよくわからない。大野智演じるドラマ版の榎本は黒縁のメガネをかけているが、メガネについての言及は原作にはないのである。
初めて会った純子をちらりと見ただけで、榎本は彼女の職業が弁護士であることを言い当ててみせた。純子が弁護士バッジを外していたにも関わらず、である。榎本によれば、純子のスーツの衿にバッジのピンホールが空いていたことでそれがわかったという。

「雨の中を来られたのに、スーツには、うっすらとプレスの跡が残ってますね。クリーニングしたてでしょう。にもかかわらず、ピンホールがそれだけはっきり目立つのは、ついさっきまで、バッジを付けていたからです。わざわざ外したということは、ただの社員章の類ではなく、それなりの意味を持つバッジだからでしょう。弁護士でなければ、検察官か、国会議員か、組関係くらいです」

こうしたハッタリのきいた弁舌はいかにも名探偵のものだ。広範なセキュリティに関する知識を武器に、榎本は純子が持ち込んでくる謎を解いていく。現在のところ、彼が扱った謎はすべて密室か、密室的な状況がかかわるものばかりだ。「解錠と解決」のエキスパートというべきか。

榎本径という人物に興味を覚えるのは、彼がグレーゾーンに住む人物だからである。初登場の『硝子のハンマー』では、セキュリティ・ショップを経営しているのは「非合法収入の資金洗浄のため」とはっきり言及し、捜査のためとはいえ、あっさりと家宅侵入罪を犯している。鍵を開けるのが専門だとすれば、その謎を解くのも簡単だろうということで、もしかすると本当の仕事はアレなのでは……、という疑念が生じてくる。その怪しさに純子も気付き、榎本の話を「聞いていると、完全に、泥棒の視点になっている」(「狐火の家」同題短篇集所収)と感じたり、もっと直截的に「本職は、守る側より盗む側ではないか」(「鍵のかかった部屋」同題短篇集所収)などと嫌疑をかけたり、きな臭いものを彼から感じ取っているようなのだ。
ドラマ版の榎本径は、原作とは異なり、大手警備会社の社員として描かれる。無口で、ひまさえあれば錠前の研究ばかりしている、という性格描写や、鍵っ子であまり他人と接することがな」く、「鍵を触って遊んでいるうちその鍵が開いてしまい、鍵のことが頭から離れなくなった」というような設定は、ドラマ版オリジナルのものである。
現時点でわかっているドラマ版の変更点としては、純子の事務所の先輩弁護士・芹沢豪の存在が挙げられる。原作には登場しないキャラクターで、佐藤浩市が演じる。この人物が加わったことで人間関係がどう変化するのかは、現時点では未知数だ。
だが、もっとも大きな変更点は榎本と純子の関係なのではないか。原作版の純子は、思いつきで仮説を口にして榎本につっこまれる、という役どころである。最初はそうでもなかったのだが、だんだんとコメディエンヌの性格が強くなってきており、「美貌が台無し」になるような場面も少なくない。原作では、第1作でこんな場面がある。

「……とにかく、いろいろ、ご忠告ありがとう。たいへん、参考になりました」
 素っ気なく言って、受話器を置こうとしたとき、声が聞こえたので、もう一度耳に当て直す。
「何か言った?」
「いつがいいですか?」
「いつって?」
「食事ですよ。ごちそうするって、言ったじゃないですか? 今、かなり懐が暖かいんです」

これで見ると、榎本は純子に関心があるような感じでしょう。しかし、第2作以降、二人の仲の進展を匂わせるような場面は出てこなくなる。短篇集なのでそういう場面を入れにくいという事情はあるのだろうが、とんちんかんなことばかり言う純子に榎本が呆れてしまった、という風にも読むことができる。とにかく、2人の間に色っぽい要素は皆無なのだ。
ドラマ版ではこの辺がどうなってくるのだろうか。〈月9〉という枠の性格もあるし、もしかすると原作では語られなかった、榎本と純子のその先、が描かれるかもしれない。原作のファンとしては、ちょっと期待したい部分である。
そんなわけでキャップ(誰だ)、大野版の榎本はまだまだ不明の部分があって、ドラマを観るのが楽しみです。それに原作には「黒い牙」(『狐火の家』所収)「密室劇場」(『鍵のかかった部屋』所収)というドラマ化になじまない話があり、これをどう映像にするのか、という点にも注目したい。「密室劇場」のトリックを実写で見ることができたら、貴志祐介ファンは思い残すことがないのではないだろうか。これ、ちょっとすごいんだぜ。(杉江松恋)