『ノートより安い恋』森田季節/一迅社
雑誌「百合姫」からはじめて刊行される、森田季節の小説『ノートより安い恋』。百合というくくりで書かれてはいるものの、魔女も龍もクローンも出てくる!? かと思いきや小学生や妹の小さな視野の世界まで。ものすごい勢いで百合ジャンルの新境地を駆け抜ける短篇集です。

写真拡大

森田季節の小説『ノートより安い恋』は、百合作品集と銘打たれています。
実際、定期刊行百合雑誌「百合姫」に連載されているものが中心なので、その言葉に間違いはありません。
言うまでもないと思いますが説明しておくと、ここで使われている「百合」という単語は女性同士の感情の絡み合いを指します。
でも「それって『ガールズラブ』なの?」「ビアンなの?」と聞かれると非常に難しい。
もちろんそうだという人もいれば、もっと曖昧なもの、たとえば女の子同士でワイワイガヤガヤやっている光景だけでも百合という人もいます。極めて定義のない、非常に曖昧な単語です。
実は非常に曖昧で、読む人それぞれが自由に捉えられるからこそ「百合」という言葉は生きてきます。

『ノートより安い恋』は短編集です。表紙が女子学生なのでそういう作品が多そうに見えますが、全然違います。
姉妹の嫉妬あり、神に捧げられた巫女の話あり、先輩と後輩の関係あり、クローンになった自分の話あり。
SFからファンタジー、現実まで、ありとあらゆる関係を縦横無尽に走っているので、女学生百合物語を期待するとおそらく度肝を抜かれるでしょう。一番最初が魔女に攫われた少女の孤独の物語なんだもんなあ。
 
この本は、森田季節という作家が「百合」という言葉を軸にして、ありとあらゆる手法と切り口で女性たちの心理を描いています。
はっきりとした恋愛感情めいたもの、テンプレートになったものはありません。読み手によっては「これ、百合?」という作品もあるはずです。
たとえばド直球なところだと、「ふたごごっこ」という作品。同じ研究室の亜実と杏子はお互いの身体に触れ合いセックスする関係にあります。これは恋慕や性愛に近いので比較的分かりやすいと思います……分かりやすいと同時に一番複雑な話なのもクセモノなんですけどね。
「そこから塔は見えるか」という短編は、町の狭さに気づいた少女が背伸びをする話です。この町から出ることはできない、私たちは閉じ込められているんだ! 少女はとある女性と出会って、町から出る行為に乗り出します。少女の成長記なんですが、これが百合かと言われると「そうだ!」という人とくびをかしげる人両方いるはず。ちょっとした冒険譚なんですが、これが百合かと言われると「そうだ!」という人とくびをかしげる人両方いるでしょう。

おそらく「百合」という入り口でこの本を読み始めた人も、読み終わった時には「百合」という枠から飛び出していると思います。
飛び出した状態を「百合」と呼ぶかどうかはその人の自由です。
ただ、「そこから塔は見えるか」の少女のように、SFやファンタジーをまたいでリアルな情動にせまるところまでを通過し、気がついたら新しい角度でこの物語を俯瞰できるようになるはずです。
とてつもなく重たいテーマの話から、小学生の感覚レベルの内容まですべて同列で語られることで、タイトルが生きてきます。ああそうか、「ノートより安い恋」なんだ。
恋かどうかすらわからないね。
けれども感情が激しく動いて、止めることができない様子はみんな同じ。
誰かに出会うことで、視野が狭くなってそれしか見えなくなっていく。
人がいて、その人に対して感情が動く。これが一番興味深く面白いんだ、というのを多様な角度から攻めて攻めて、ねちっこく攻めまくる。
一つ一つは短いので非常に読みやすいです。百合が好きな人はもちろん、この作品「百合」視点一切捨てて読める作りになっているので、少女達の揺れ動く気持ちを味わってみてください。
ちなみに、それぞれバラバラな物語なんですがちょっとした仕組みで最初から最後までがぐるっと一周するような構造になってます。
森田季節という作家は常に何かを壊しながら、既存のものを自由自在に使って新しいものをつくろうとする作家なんだなあ。今回はそれが「百合」ってことなんですが、今後また別のジャンルにひょいっととんでいきそうです。

個人的にお気に入りなのはいじめっこの先輩といじめられっこの後輩の力関係を描いた「飼い犬よ、手を噛め」。
自己の確認のために力関係を確認する行為も興味深い。そして崩れる時に人間の感情が根幹から揺さぶられるのも、見ていて非常に心がざわめきます。
恋とかそういう線引きのない、不思議な「百合」の世界を是非どうぞ。

森田季節『ノートより安い恋』
(たまごまご)