大人気コミックエッセイ『日本人の知らない日本語』シリーズ。最新巻である<祝!卒業編>の見どころと今後の展望について、構成&マンガ担当の蛇蔵さんにお聞きしたインタビュー後編です。(前編はこちらから)


【金魚のためにファーストクラスを用意する石油王の息子】
─── 蛇蔵さん自身の登場シーンが3巻からすごく増えてますよね。これは意識的に?

蛇蔵 そうなんです。むしろ1巻・2巻では「私」という存在を意識的に排除していました。読者にとって、日本人は一人の方が「日本語教師と外国人生徒」という関係性がハッキリして、内容も理解しやすいだろうと考えたんです。でも、今は凪子先生が十分キャラクターとして定着したと思いますので、今度は「日本語のことを知らない日本人」という役回りもあるだろうと思うようになりました。凪子先生は普段からミスが少ない「しっかり者キャラ」で残念ポイントが作りにくい。だから、凪子先生の代わりに道でこける人間がいてもいいかな……と。つまり、私は「残念な人」役(笑)。あとは単純に、私の友人で面白い人がいたときに、日本語学校というくくりがない方が本の中で紹介しやすくなるという利点もありますね。

─── 3巻に登場する、 “アラブの石油王の息子”のエピソードは強烈でした。

蛇蔵 この人だけであと30ページは描けます(笑)。例えば、母国で飼っていた金魚を国外に連れ出すことにあたって、彼は金魚のためにファーストクラスの席を取り、さらには金魚付きのスチュワーデスを一人雇い、ずっと金魚鉢を抱えさせたらしいですよ。その話を聞いた男友達は揃って「生まれ変わったら金魚になりたい!」って言ってました(笑)。こうした面白い人や出来事が私の周りにもたくさんあるので、もっともっと紹介していきたいですね。


【絵を描いて文章を短く描いたら、それはさてはマンガではないか!?】
─── 蛇蔵さんのプロフィールには「コピーライター」の肩書きもありますよね。そもそも最初の出発点はどちらだったんですか?

蛇蔵 一応美大を出ているので、最初の出発点は「絵」ですね。ただ、その美大に通っている時に、雑誌で海外特派員記者の募集記事を見かけて、応募してみたら受かってしまって。もともと文章を書くのも昔から得意だったこともあって、それ以来ライターの仕事をするようになりました。ライターの仕事をしてると自然と編集者の方と知り合いになりますよね。そこで「実は絵も描けるんです」って言うとそこから絵の仕事にも広がって、逆に絵でお仕事を頂いた方には「こういう文章の仕事もしております」という風に、両方がいい影響を与えて仕事が広がっていった感じですね。そんな風にフリーランスでライターとイラストレーターをやっていた時代と、あとは会社に所属して、社内で文章を書いたりイラストを描いたりしていたという2つの時期があります。

─── ずっとフリーランスというわけではないんですね。

蛇蔵 企業の広報部で広告を作ったりプロモーションを考えたり、たまに商品の中の絵を描いたりとかもしてました。でも、その経験が今すごく生きていると思います。自分のつくったものを“作品”ととらえるとどうしても近視的になりがち。でも、広報にいたおかげで“商品”が最終的にユーザーの手に渡るまでにどういった経路をたどって、どう売られるのか。問屋さんや本屋さんにとってはどういう商品が扱いやすくて、広告する上ではどこがポイントなのか。そんな風に、作者とはまた違う一歩引いたところから、最終的な商品としての完成度をチェックすることができるんです。

─── そこから、どういう流れでマンガにたどり着いたんですか?

蛇蔵 いろいろ仕事をしていくうちに、書く方はどうやらコピーライティング的な、短い文章にまとめる方が得意だということがわかったんです。それからしばらくして、絵を描いて短い文章をつけたら、それはさてはマンガではないか!? ってある時気がついて(笑)。マンガって特別なもので、私に描けるものではないってずっと思っていたんですけど、今までやってきたことの延長線上でいいんだったらできるかもしれない。それならやってみようか……と思いは始めた頃、凪子先生に出会うことになるんです。天の配剤ですよね。


【日本を好きになってもらいたい】
─── 今回、表紙で凪子先生が泣いていて、<卒業編>というサブタイトルで、読んでみても総決算的な印象があって、「アレ、これ終わっちゃうの?」って思いながら読んだんですが……

蛇蔵 日本語学校で起きたエピソードに関しては、今回の本でいったん区切りを迎えます。でも、まだまだネタはありますので次は少し舞台を変えて、「海外で暮らす日本好きの外国人や海外で日本語を学んでいる人たち」を紹介する<海外編>を作りたいと思っています。

─── 巻末に予告編が入っていて、ちょっと安心しました。

蛇蔵 それこそ「ネタ」という意味では、海外在住の方のほうが予想もしない間違いや勘違いをしてる場合があります。日本に住んでいる場合、すぐに誰かが指摘してくれるのでずっと間違えたままっていう訳にもいかないんですが、その勘違いを長い間温めていると、稀にものすごい開花の仕方をする方がいらっしゃるので(笑)。例えば、日本の古典が大好きで『奥の細道』とか『徒然草』は原文でも読めるのに、現代語はひと言も話せなくってレストランでコーヒー1杯頼むことができない、なんていう純粋培養的な方もいらっしゃるんですよ。

─── そういうネタはどうやって引っぱり出すんですか?

蛇蔵 基本は、グループインタビューをしながら“あるある話”的な感じで聞くスタイルです。でも、人数が多すぎると遠慮しあってなかなかいいネタが出ないので、3人か4人くらいで話を聞くのがベストですね。3巻にも描いた、<タクシーに乗っていて「降ろしてください」って言いたかったのに「ころしてください」と言ってしまった>というようなエピソードを誰かから話し始めると、「僕もあったよ」「私の友達でもこんな子がいた」とかが芋づる式で出てくるんですよ。それを繰り返していくと、まれに大当たりがあって、キターーーーっ!と(笑)

─── 「海外編」ということは、これからは海外での取材が増えていく?

蛇蔵 実は取材はだいたい終わっておりまして、あとはこの素材をどう料理しようかなぁというところですね。『ダ・ヴィンチ』の6月号からまた連載が始まりますので、ぜひ!

─── 『日本人が知らない日本語』というタイトルはそのままですか?

蛇蔵 特別なバージョンであることは買う方にもちゃんとわかるように、とは考えていますが、違うタイトルにしてしまうと、版元であるメディアファクトリーさんが営業しづらいと思うので。

─── そこまで考えて!

蛇蔵 そりゃあそうですよ(笑)。せっかく開拓した市場があるわけですからね。それこそ、さっき言った広報の経験があるので、この本がどういう本でどう売られるのか。内容が正確にわかるようなタイトルにしたいですし、販売してくださる方の気持ちをちゃんと考えたいなって思います。

─── 「どういう本で」という部分で最後にひとつ。蛇蔵さんのブログに書かれていたことですが、<1巻は「笑ってもらおう!」と思って描いた。2巻は「買ってよかった!」と思ってもらえるように描いた>とありました。では、この3巻の想いを言葉にするとしたら何になりますか?

蛇蔵 そうですね……「日本を好きになってもらいたい」かな。日本に対して辛いことが続きましたけど、とは言え、いい国ですよ、日本。だから少しでも「日本が好き」という気持ちが増えて欲しいなって、願っています。
(了)
(オグマナオト)