写真上から、映画「しあわせのパン」(監督・脚本:三島有紀子)、『パンラボ』(白夜書房/池田浩明著)、『ケトル(vol.5)』(太田出版)。
原田知世がデビュー30周年、ということにただただ驚かされます。

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原田知世さんがこんなに可愛いだなんて知りませんでした。ごめんなさい。

何の話かって先月末から公開されてる映画「しあわせのパン」の原田知世ですよ。
舞台は北海道洞爺湖のほとりの小さな町・月浦。東京から移り住み、湖が見渡せる丘の上でパンカフェ「マーニ」を始めた夫婦、りえさん(原田知世)と水縞くん(大泉洋)の物語。水縞くんがパンを作り、りえさんがそのパンにあったコーヒーと季節の料理を作ってくれる。春夏秋冬、四季を感じながら暮らす彼らの日常を通して家族、夫婦、幸せのあり方を温かい目線で描いてく……
という映画の前情報を何も知らず、むしろ大泉洋目的(どんな目的?)で観に行った私なんかは、そこにいるのがいつものおちゃらけてズッコケで感情豊かな大泉洋じゃなく、どちらかというともの静かで誠実で、でも思慮深げなパン職人だったからなんだかむず痒かったくらい。

で、原田知世ですよ。雪のキャンパスにダイブするシーンなんてもう、どっちが雪でどっちが原田知世かって言いたくなるほど透き通っていて神秘的。「映画公開からだいぶ経ってるのに遅くない?」とか「デビュー30周年なのに今さら?」とか色んな人に怒られそうですが、もちろん「時をかける少女」も「私をスキーに連れてって」も観たことありますよ。でも最近私の中での原田知世はもっぱら「Blendyの人」で、その魅力を再認識するには15秒ではとても短すぎたのです。
でも、なんの事件も急展開のドラマもないこの映画においては、原田知世の表情、しぐさ、そして台詞のひとつひとつが見所でありドラマの中心になってしまう。むしろ普段の色を抑えた大泉洋の静かな演技と(お肌も演技も)透明感のある原田知世が表現する世界は、全編北海道ロケで描ききった美しい風景とマッチして心の奥にストンと落ちてくる。温かいおいしいパンを食べたときのようにほっこりできるのです。
でもって映画のタイトルにも入っている「パン」。原田知世はちぎってパンを食べる。なんだか無性に自分もパンになってちぎられたくなるが、この“ちぎって食べる”のがポイント。「しあわせのパン」において、パンは一人で食べるモノではなく、ちぎって誰かと共有するアイテムなのだ。
映画の後半で、パンカフェ「マーニ」を訪ねた老夫婦に大泉洋演じる水縞くんが「カンパニオ」という言葉を説くシーンがある。もともとは「パンを分け合う人々」という語源から生まれたというこの言葉の意味とは? もちろん映画の最後でちゃんと答えは出てくるのだが、なぜパンをちぎったり割ったりして食べるシーンが象徴的にかつ丁寧に描かれていたのかがわかって、まさにしあわせな気分に浸れること間違いなしだ。

ほっこりした気分で映画館を出て本屋に入ると「パン」関連書籍がやたら目につく。えっ!? 今ってパンブームなの?  まあ確かに「ヤマザキ春のパンまつり」ももう始まってるしね。というわけで気になった「パン」関連書籍もいくつかご紹介。

まずは上記映画の原作本『しあわせのパン』がポプラ文庫から出ていますので、近くに公開劇場がない! という方はこちらをどうぞ。映画主題歌にもなっている「ひとつだけ」(矢野顕子with忌野清志郎)の世界観を元に監督でもある三島有紀子氏が書き下ろしたものです。

先月末に出版された『パンラボ』は愛パン家として知られる渡邉政子さんが監修、行列のできるパン屋「かいじゅう屋」店主とパン好きライター池田浩明氏による、愚直なまでに「パン」を考察した一冊。
<「私は美味しいと思う」ではなく、「パンはおいしい」であり、「私はパンを食べて幸福な気持ちになった」ではなく、「パンとは幸福な食べ物である」>と、“パンに主語を乗っ取られた”と語るほど、著者である“パンライター”池田浩明氏はパンが大好き。で、好きなことを扱う時ってその「好き」を最大公約数の人に伝えたくなるから、結構上っ面のわかりやすい、おいしい部分ばっかりの(今回の場合だと有名パン屋の紹介やおいしいパンの味説明で終わるような)本になりがちだと思うのだが、この本はそのナナメ向こうを行ってるところが素晴らしい。ただパンを紹介するだけの本ではなく、各テーマのパン毎にその歴史をひも解き、店ごとの違いを考察して魅力を掘り起こす作業はまさに「研究所」の名がピッタリなのです。
例えば「あんぱん」。“洋のパンで、和のあんを包む 文明開化の大発明”と銘打ち、その130年の歴史を振り返る。さらには11店舗からあんぱんを用意し、見比べ、食べ比べて、断面の違いを凝視し、あんこの重量に感嘆の声をあげる。こんな気の遠くなる作業を「メロンパン」「ベーグル」「食パン」「サンドウィッチ」etc. …と20種類以上のパンで真摯に繰り返していて、その徹底的な姿勢はむしろ笑えてしまうほど。そして普段いかに自分がノーテンキにパンを食べていたのかがわかってしまってちょっと悔しい。ひとえに「あんぱん」って言っても、作る人が違えば見た目も味も全く違うんだ、という言われてみれば当たり前のことに気づかされる。そして小麦が生まれて以降のパンと人類の深い結びつきも。

15日に発売された雑誌「ケトル」の最新号もパン特集だ。いや、パンではなく「パン屋」特集か。“朝から開いている偉いパン屋”と題して18店のパン屋さんが紹介され、全国の“飲めるパン屋”リストも充実していて嬉しい。それぞれの店主と常連のお客さんとのやり取りをのぞいていると、「パン屋」さんが日々の生活の中のONとOFFの分岐点になっているのがわかってくる。そして素敵なパン屋さんほど人が集い、コミュニティの中心になる、“街の触媒”のような存在なのだ。
ケトルで面白いのは、特集ページ以外で登場するインタビューアーやレビューアーも「好きなパン屋」や「パンとの思い出」について取って付けたように触れているところ。津田大介のパン屋エピソードなんてムリヤリなまとめ方だけど、そもそも「パン」って毎日触れてる当たり前のものだから、その唐突感もだんだん気にならなくなってくるのが不思議。そうそう、エキレビ!ライターでもある米光さんもレビュー記事を担当していて、やっぱり「好きなパン屋」についてちょこっと書いているから気になった人は見てみるべし。

映画、書籍、雑誌と「パン」の切り口はそれぞれだけど、共通するのは「パン」によって人と人に結びつきが生まれ、生活の中のキーアイテムになっている点。いつも接しているからこそ見落としがちな魅力を、もう一度見直してみるキッカケになるのではないだろうか。

あ、「ケトル」でひとつ書き忘れた。表紙とインタビューページで登場する石原さとみがこれまた可愛いいんだ。ちょこんとシェフ帽かぶったりしてさ。原田知世に負けず劣らずだ! というかこの二人、なんか雰囲気が似てる気がしてきた。パンが似合う女性は可愛い人が多いのか? と思って調べてみたら、二人ともデビュー作が筒井康隆小説の映画化作品ではないか。意外な所で共通点が… えーと、何の話かというと、原田知世と石原さとみは可愛らしくって、パンは愛おしいっていうことです。
(オグマナオト)