『メランコリア』ラース・フォン・トリアー監督作品。2012年2月17日(金)公開。

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『メランコリア』の記者会見の席でそれは起こった。
監督のラース・フォン・トリアーがこう発言したのだ。
「ヒトラーの気持ち、理解できる」
隣にいたキルスティン・ダンストは思わず「やべぇよ、おっさん、それやべえ(超訳)」と困惑。
にもかかわらずトリアーはつっかえながら「OK、ぼくはナチだ」とまで言ってしまう。
この一件で、監督は、カンヌ映画祭から追放される。
とはいえ、カンヌは、作品の出品資格を奪うような馬鹿なマネはしなかった。主演女優のキルスティン・ダンストが女優賞を受賞。
第46回全米映画批評家協会(NSFC)賞では、作品賞と主演女優賞の2冠。第24回ヨーロッパ映画賞でも、最終週作品賞、撮影賞、美術賞の3部門受賞である。

『メランコリア』は、トリアー監督のうつの体験がきっかけで作られた。
新郎新婦が乗った長いリムジンが山道のカーブで曲がりきれず四苦八苦しているシーンからはじまる。
前半は、最高に幸せな日となるであろう結婚パーティー当日。なのだが、キルスティン・ダンスト演じる新婦は、どんどん自分をコントロールできなくなってくる。
抑鬱的な感情で地の底に沈んでしまいそうになる。
喧騒に包まれる華やかなパーティー。彼女を取り囲む人たちが、精緻なパズルのように描かれていく。
救いを求めるときにはいなくなる父親、結婚式に出るのが嫌だとイヤミなスピーチをする母親、辛抱強く接するが時に爆発しなじる姉、仕事の締め切りのためならひどい手段を使ってでも彼女を追い詰める上司。
彼女が地に沈み込んでしまう気持ちから抜け出せなくなっている「取り囲む何か」が映像からじりじりと伝わってくる。
どうにか浮上しようと試みる彼女の行動は裏目裏目に出て、しまいにはパーティーを抜け出して、ゴルフ場で放尿。新郎のキスを振り切り部屋から脱走、新入社員のよく知らない男の上にまたがり強引にセックスしてしまう。
後半は、崩壊してしまった結婚の7週間後。
巨大惑星「メランコリア」が地球に衝突する直前の日々、結婚できなかった妹と、その姉を中心に、うつ的な傾向と世界の関係がさらに幻想的に描かれる。

監督自身の行動や発言と同じく、トリアー監督作品はいつもぶっそうだ。
ビョーク主演の失明ミュージカル『ダンサー・イン・ザ・ダーク』、知的障害者のフリをする集団を描いた『イデオッツ』、病院を舞台にしたドタバタホラーTVドラマ『キングダム』。
泣けるとか、スカっとする、そういう単純なエンタテインメントを求める人に向いていない。
今作2月17日(金)公開スタートの『メランコリア』も、複雑な感情を残す(監督は、ハッピーエンドだと言ってるが、もちろん一般的なハッピーであるわけがない)。

注!
DVDで観るよりも、これは映画館! 音のいい映画館で! 
とくに後半、惑星が近づいてくるジリジリとした迫力からラストにかけて! 巨大な画面と巨大な音で、幻想圧力に耐えながら体感することをオススメする。(米光一成)