(※画像はイメージです/PIXTA)

写真拡大

「自分が亡くなった後、妻が絶縁状態の弟と遺産分割の話し合いをする事態だけは絶対に避けたい」。子どものいない夫婦にとって、兄弟姉妹が絡む相続トラブルは非常に深刻な問題です。本記事では、総資産1.3億円を持つ65歳男性の事例をもとに、絶縁した兄弟に遺産を相続させないための方法について、山村法律事務所の代表弁護士・山村暢彦氏が解説します。

母の相続で使途不明金が発覚…弟と絶縁状態の〈総資産1.3億円〉65歳男性

都内で暮らすマサオさん(仮名・65歳)は、妻のキョウコさん(仮名・62歳)と二人暮らしです。子どもはおらず、マサオさんの両親もすでに他界しています。

マサオさんのきょうだいは、すでに他界している姉と、5歳下の弟であるテツヤさん(仮名・60歳)の2人です。亡き姉には一人息子のダイキさん(仮名・35歳)がいますが、テツヤさんには子どもがいません。

実はマサオさんとテツヤさんは、数年前に母親が亡くなったときの相続トラブルを機に、絶縁状態に陥っていました。母親の生前、実家の近くに住んでいたテツヤさんが財産管理を手伝っていたのですが、いざ相続が始まると、母親の口座から使途不明な多額の現金が引き出されていたことが発覚したのです。

マサオさんが問い詰めても、テツヤさんは「母さんの介護のために使った」と開き直り、遺産分割協議は平行線のまま。以来、兄弟は一切連絡を取っていません。

アイツには1円も渡さない…“遺留分なし”を利用した「妻への全財産相続」

「もし自分に万が一のことがあったとき、妻があの弟と遺産分割の話し合いをする事態だけは絶対に避けたい」

マサオさんは危機感を抱いていました。もしマサオさんが何の対策もせずに亡くなった場合、法定相続人は妻のキョウコさんだけでなく、弟のテツヤさん、そして亡き姉の子である甥のダイキさんとなります。

マサオさんの現在の資産は、自宅の不動産が約7,000万円、預貯金が約5,000万円、有価証券が約1,000万円で、合計1億3,000万円に上ります。

「財産は長年連れ添った妻にすべて相続してほしい、アイツには絶対に1円も渡さない」

母親の遺産を巡るトラブルで絶縁して以来、弟への強い不信感と怒りを抱えていたマサオさん。そこで実行したのが、「全財産を妻のキョウコに相続させる」という旨の遺言書の作成です。

配偶者や子どもには、遺言でも奪うことのできない「遺留分(最低限の取り分)」が法律で保障されていますが、兄弟姉妹にはこの遺留分がありません。つまり、マサオさんが妻にすべてを譲るという遺言を残せば、弟のテツヤさんは法的に自分の取り分を主張することはできないのです。

妻が先に亡くなったらどうなる?…絶体絶命のリスクを防ぐ「予備的遺言」

しかし、これだけで完璧とはいえません。もし、財産を受け取るはずの妻・キョウコさんが、マサオさんよりも先に亡くなってしまったらどうなるのでしょうか。

遺言書で指定した相手が遺言者より先に死亡した場合、その部分の遺言は原則として無効になります。つまり、キョウコさんが先に亡くなれば、「妻に全財産を相続させる」という遺言は効力を失い、結局は弟のテツヤさんが再び法定相続人として浮上してしまう可能性があるのです。

そこでマサオさんは、「万が一、妻が私より先に亡くなっていた場合は、全財産を甥のダイキに相続させる」という内容を遺言書に付け加えることにしました。

亡き姉の息子であるダイキさんとは現在も良好な関係が続いており、マサオさんとしても「弟に渡るくらいなら甥に譲りたい」と考えたからです。

このように、第一希望の相続人が先に亡くなった場合に備え、次点となる受取人をあらかじめ指定しておく方法を「予備的遺言」と呼びます。

マサオさんは公証役場へ足を運び、法的な不備が生じにくい「公正証書遺言」としてこの内容をまとめました。これでようやく、絶縁した弟の介入を防ぐ手立てが整い、マサオさんは安堵の息をつきました。

このように、子どものいない夫婦の相続において、兄弟姉妹への遺産流出を防ぎ、残された配偶者を守るためには、遺言書が重要な役割を果たします。では、実際にこうした遺言を作成する際、どのような点に注意すればよいのでしょうか。

【弁護士が解説】子なし夫婦の相続トラブルを防ぐ「遺言書」の重要性

子どものいない夫婦では、相続対策として遺言書を作成しておく必要性が特に高いといえます。

本件のように両親もすでに亡くなっている場合、遺言書がなければ、配偶者だけでなく兄弟姉妹も法定相続人となり、兄弟姉妹が先に亡くなっていれば、その子である甥・姪が代襲相続人となります。その結果、相続人が10人を超えるような多数人相続となり、全員で遺産分割協議をまとめることが難しくなるケースも珍しくありません。

一方、兄弟姉妹には遺留分がありません。そのため、今回の事例のように「全財産を妻に相続させる」という遺言を適切に残しておけば、原則として多数の兄弟姉妹や甥・姪を遺産分割協議に巻き込まず、配偶者に財産を承継させることができます。

ただし実務では、せっかく公正証書遺言を作成していても、「妻が先に亡くなっていた場合」の定めがなく、結局、兄弟姉妹や甥・姪との遺産分割が必要になるケースを度々見かけます。

そこで有効なのが「予備的遺言」です。同世代の配偶者を第一順位とする場合には、その方が先に亡くなる可能性も考え、甥・姪など次の世代を第二順位の受取人として指定しておくことが重要だといえるでしょう。

山村 暢彦
弁護士法人山村法律事務所
代表弁護士

※個人の特定を避けるため、事例の一部を脚色しています。